「どん底にいるすべての人たちへ」という一節で始まる、ツチヤタカユキさんの小説『オカンといっしょ』。同書はどん底とまではいかなくとも、世間の空気を読んでなじもうと努力したり、人間関係を円滑にするために自分を殺したり......と、何かしら生き辛さや息苦しさを感じている人に、ある種の "肯定感"を与えてくれそうな一冊です。一方で、自分はうまくやれていると感じている人も、これを読むと、どこか無理をしていたことに気づくことができるかもしれません。

 同書は、NHKの投稿型大喜利番組「着信御礼! ケータイ大喜利」に投稿し続けた"伝説のハガキ職人"である著者の、幼少期から現在に至るまでの半生を描いた作品。その歩みは、幼少期からなかなかに刺激的です。シングルマザーの母が度々家に連れてくる"レンタルおっさん" の新作は、一癖も二癖もある男ばかり。破天荒な母はまだ幼い主人公に、時に辛らつな言葉を吐き、主人公は"普通"ではない母に憎しみすら抱くように。しかし同時に、母の死体の絵を描くような主人公や、壁と話すようになった祖母など、普通から逸脱した人々を許容しない社会に、憤りも感じるようになります。普通と違うからこそ、普通に強い感情を抱く。そんな著者の思いは、刺激的なエピソードを通じて小説全編で描かれます。

 例えばそれは、「人間と交尾する牛」の絵を描いて周囲から変人扱いされた中学時代や、泥酔して"母親"を放棄する母の姿、ベランダでマリファナを栽培していた父の話......など、過激なフレーズや残酷に思えるような展開を通して描かれます。しかし、独特の比喩や言い回し、空想を交えて描かれるそれは、かなり特殊な経験であるにも関わらず、まるで自身が体験しているかのように、ストンと腑に落ちる感じがするから不思議です。それはどんなに変わった環境や境遇であっても、それを体験するのは私たちと同じ"普通の人"だということが、文章を通じて伝わってくるからかもしれません。

 同書に登場する人々も、やはり世にいう普通とは違っていて、恐らくほとんどが特殊だと感じる境遇の持ち主ばかり。幼いころに出会ったヤクザ。いじめられっ子だったクラスメイト。ホストクラブで出会った天使のように美しい金髪ホスト。それでも、彼らにどこか共感めいた感情を抱くのは、それぞれが自身の人生に折り合いをつけながら生きている、やっぱり"普通の人"だからかもしれません。

 小説と言うにはあまりにリアルで、心にヒリヒリとした感覚を呼び起こす作品。一方で、自伝というにはあまりに詩的な文章たち。それは現実のようで、どこか物語のような、不思議な空気感を生み出しています。そして同書の中に描かれる、普通から逸脱しても"ただ、生きていく"人々の姿は、読み進めるごとに、自身の感じる生き辛さや人生への「なんだかなぁ」という思いを、肯定してもらえるような感覚に陥ります。どちらかと言えば刺激的な内容にもかかわらず、心の緊張が解けたような、どこかホッとするような読後感が得られるはずです。

 巻末には、著者が読者への思いをつづったあとがきが収録されています。これまで人生に、「地球への転校生」のような居心地の悪さを感じていたという著者。同書の出版にあたって恐らく誰よりも心をヒリヒリさせたであろう彼は、読者を「転校した先の、なじめなかった学校でできる、初めての友達」だと思い、書き切ったと言います。その思いを知ってページをめくると、改めて胸にぐっとくるものがあるのではないでしょうか。