「せんべろ」なる言葉が若い世代にまで浸透するほど、ちょっとしたブームとなっている大衆酒場。本書『おじさん酒場』はそうした居酒屋の数々と、そこに居合わせたおじさんたちをエッセー形式で紹介した一冊です。



 まずは「おじさん酒場」とは何なのか、その定義をお話ししましょう。本書では「そこに居るだけで店のおさまりがよくなるおじさんが、単独あるいは連れと共に心から愉しんで酒を呑んでいる、または、見ていてそう感じずにはいられない、景色のいい居酒屋のこと」と説明しています。



 というわけで、その定義をもとに著者の山田真由美さんが訪れた、東京・大阪・鎌倉・下田など全25軒の「おじさん酒場」が次々に登場します。



 たとえば、東京・赤羽の「まるよし」で山田さんが出会ったのは、コの字カウンターの向こう岸で親密に酒を酌み交わしているおじさんふたり。「流儀やこだわりなど"型"のある居酒屋とは真逆の気楽さがいい」というこの店で、山田さんは彼らを観察し、「(高倉)健さんと池部良はいいすぎだが、認め合っている様子が、ふたりの距離感から伝わってくる」「あんなに親密にしていたのに、幕切れは意外にもあっけなかった。これが男同士の酒、ということなのか」などと分析しします。



 また、ホームグラウンドの関東を離れ大阪へと遠征した山田さん。十三にある「イマナカ酒店」では青いタータンチェックのシャツを着た賑やかなおっちゃんに遭遇します。「関東のおじさんはシャイというかおしとやかというか、適度な距離をわきまえている感じがあるのだけれど、関西のおっちゃんたちは相手かまわずグイグイくる」そうで、「うへ~、東京からわざわざ来はったん? 十三が好きなんやて? けったいなねえちゃんやな」「おごったるさかい、もう一杯呑みや」などと話しかけられたりも。



 もちろん、おじさんだけでなく料理の紹介もこの本の魅力です。先にあげた赤羽「まるよし」の名物は「きゃべ玉」だそうで、これは「ザク切りのキャベツとたまごを炒め塩コショウで味つけした、朝ごはんのような一品」なのだとか。



 ほかにも、ガツとハツの脂身の蒸し焼きに、ニンニク、生姜、ニラを刻んだゴマ入りの醤油ダレをかけた「とんちゃん」(武蔵小山「牛太郎」)や「甘いリンゴや人参が入っていて、給食か、はたまたおふくろさんの味」だというポテサラ(溝口「いろは」)、キュウリ一本をスライスしコンビーフを挟んだ斬新な「コンビーフサンド」(日本橋「小野屋酒店」)など、そのお店ならではのメニューが次々に出てきて読む側を楽しませてくれます。



 どのお店も臨場感たっぷり。読んでいるうちに、自分もその場で一杯やっているかのような気持ちにさせられる『おじさん酒場』。大衆酒場に行ってみたい、のぞいてみたいという初心者にとっての入門書であるとともに、これからお気に入りの一軒を見つけたい人にとってのガイドブックとしても役立ってくれそうです。