米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏。そのスティーブ・ジョブズ氏のトレードマークといえば、プレゼンテーションの場でいつも着用していた、黒のタートルネックTシャツを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ジョブズ氏へのインタビューを元に書かれた評伝『スティーブ・ジョブズ I 』によると、このタートルネックは日本のファッションブランド「イッセイミヤケ」のものなのだそうです。



 本書『1億人の服のデザイン』の著者・滝沢直己さんは、イッセイミヤケで長年デザイナーとして活躍、近年ではユニクロのデザインディレクターを務める等、世界を舞台に活躍しています。



 まだ滝沢さんがイッセイミヤケで仕事をしている時のこと、ジョブズ氏からニューヨークのイッセイミヤケのお店に「以前買ったTシャツと同じものがほしい」と電話があったのだとか。しかし、その時すでにジョブズ氏が求めるTシャツは、販売が終了していたとのこと。そこで、同じものを作るべく、担当にあたったのが、滝沢さんだったのだといいます。



 そしてジョブズ氏の来日時に、仮縫いをした滝沢さん。その際、ジョブズ氏の言動に刺激を受けたのだと滝沢さんは述べます。



「仮縫いの最中、彼はあらゆるものに興味を示してきます。たとえば、採寸に使った分銅。肩の傾斜を測るための特殊なものなのですが、『いつもこれを使っているのか? 』とか。また、『なぜ、このはさみがいいのか』と聞き、僕が使っていた握りばさみの使い勝手に感心していました。(中略)その好奇心に圧倒されました」(本書より)



 こうして出来上がったTシャツを数百枚ジョブズ氏のもとに送ったところ、なんと、すべて返品されてきたのだそうです。いったい何故だったのでしょうか。

 

 その原因は次のようなことにあったのだと、滝沢さんは振り返ります。



「実はTシャツの素材の風合いを完全に再現できていなかった。生地の密度がほんの少しだけ違っていたのです。もちろん、糸の番手も同じで、加工の仕方も同じ。見た目もまったく同じです。服では、同じ素材で同じ物を作っても微妙な違いが出ることはよくあること。そのわずかな違いを、ジョブズ氏は見逃さなかったということです」(本書より)



 そこで再び作り直したTシャツを送ったところ、今度は「ありがとう」のお礼とともに、さらに数百枚のオーダーがきたのだといいます。まさに素材・手触りを究極まで追求した、ジョブズ氏の価値観が垣間見えるエピソードだと言えるのではないでしょうか。



 こうしたスティーブ・ジョブズ氏の洋服にまつわる話からはじまる本書では、その他にも、共に仕事をした多くの一流の人物たちとの交流の中から滝沢さんが学んだことが綴られていきます。

 

 さて、ジョブズ愛用、イッセイミヤケの特注タートルネックTシャツ。冒頭でも述べたように、その色は「黒」との認識が一般的です。しかしあの「戦闘服」を作った滝沢さんは、本書の中で「濃紺」のタートルネックとサラッと述べています。私たちが何の疑いもなく「ジョブズといえば黒タートル」と思っていましたが、あの服の色、濃紺だったのですね......。