iPhoneやiPadなど革新的な製品を生み出し、IT企業「アップル」のカリスマ経営者として知られた故スティーブ・ジョブズ。彼の与えた影響はIT業界にとどまらず、新製品の紹介の場などにおいてみせた「プレゼンテーション」の形態にも"ジョブズ以前以後"のくさびを打ち込んだと言われています。



 ジョブズのプレゼンの特徴は、1行の強烈な「見出し」とシンプルなイメージの写真の反復。それをカジュアルな服装で、ときにユーモアを交えながらフランクに語ることです。従来の、データを多数引用した説明調のスライドを、スーツ姿で神妙に語るといったプレゼン方法を駆逐しつつあるといえるでしょう。



 なぜジョブズ以後のプレゼンは、論理性を重視した形式的なものから、感覚的で飾らないものになったのか? この変化に対して、現代という時代の認識を含めて大きな示唆を与えてくれるのが新書『中身化する社会』です。

著者は、雑誌や書籍はもちろん、ウェブ・広告・展覧会までを「編集」する、日本を代表する編集者の菅付雅信氏。本著は、菅付氏が取材でニューヨークを訪れたときに、町行く人々のファッションの良質なカジュアル化や、素朴ながら高品質な食材を用いた飲食店の増加に気づいたことを発端に、様々な世界的に事例を伝えながら、「本質的だからこそ心地が良い」という時代が到来しつつあることを明らかにしていきます。



 その要因として、菅付氏が挙げているのはネットの進化とソーシャルメディアの爆発的普及。これらによって、嘘や誇張はすぐに検証されバレてしまうために、商品やサービス、そして人間までも、その「中身」が丸裸にされてしまう時代になったと分析します。そんな社会のなかでは、もはや人々は見栄や無駄なことにはお金や時間を費やさず、お互いをより本質的な部分で評価するようになるというのです。



 ジョブズのプレゼンが支持されたのは、彼が紹介する商品が本質的に優れていることに加え、製品を誕生させた彼の情熱と、いくつもそれを成し遂げてきたという彼の生き様そのものに多くの人が共感し、信頼を寄せていたからなのでしょう。その際に、慣例的に用いられただけのデータ資料やスーツ姿というものはもはや不要であったのかもしれません。