ライター・永江朗さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『くもをさがす』（西加奈子、河出書房新社　1540円・税込み）を取り上げる。

【写真】西加奈子さん

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　海外で病気になるのは、さぞかし心細く、辛いことだろう。それががんとあってはなおさら。しかもコロナ禍の最中に。

　西加奈子の『くもをさがす』は、長期滞在（あるいは短期移住）中のカナダで、乳がんの発見と手術、治療を受けるノンフィクションである。

　きっかけは皮膚の痒みだった。クリニックでの診断は虫刺され。ついでに、胸のしこりが気になると医師に伝えた。それから検査、乳がんの発見、抗がん剤治療、手術、放射線治療と、怒濤のような日々が始まる。

　自分自身の病気だけでも大変なのに、幼い子供はときどき体調を崩すし、夫も胆石を患う。日本から連れてきた猫は緊急入院し、子供をサッカー教室に連れていく途中で交通事故にも遭う。家族全員コロナ感染。

　打ちのめされそうになる著者を支えるのは周囲の人びとだ。同じくバンクーバーで暮らす日本人やカナダ人の友人たちをはじめ、病院の医療スタッフ、そして日本にいる家族や友人たち。もちろん著者の夫や子供、そして猫も。

　日本とカナダの医療制度の違いが興味深い。カナダは外国人でも健康保険に入っていれば医療費はすべて無料だし、さまざまな言語の通訳者もいる。明るくポジティブでユーモアを忘れないスタッフが多いのにも感動する。さすが移民の国だ。

　ところどころにイーユン・リーはじめさまざまな小説やエッセイ、歌詞などが挿入される。言葉は苦境に耐え、乗り越える力の源泉となるのだ。

　苦痛に満ちた経験をしながら、著者は確実に何かを得ていく。それを名指すことは難しいけれど、世界や人生に対する洞察力だとぼくは思う。

※週刊朝日 　2023年5月5－12日合併号