芸術家として国内外で活躍する横尾忠則さんの連載「シン・老人のナイショ話」。今回は、「幽霊体験」について。

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「怖いものはありますか。僕は実は大きな犬が今も怖いです。道を歩いていて大きな犬(リードにつながれていても)が来ると怖くて少し遠ざかります」

 僕も大きい犬は怖いです。小さい犬も飛びついたり、大きい声で吠えたりするので怖いです。犬派と派がいますが、猫は大好きです。でも知らない猫は手で引っかくのがいますから、安心できません。

 そうねえ、現実で怖いのも怖いですが、目に見えない存在、例えば幽霊は怖いですね。僕は幽霊を何度も見ているので怖いですが、幽霊はむしろ消えた瞬間の方が怖いです。「出た!」時は、それが幽霊だとわからないけれど、それがパッ!と消えた瞬間に、幽霊だったことがわかって、「ウワーッ!」ということになるのです。この感覚わかります? なかなか体験しないとわからないものです。

 幽霊だからといって別に恐ろしい顔をしているわけではありません。だけど幽霊はあり得ないシチュエーションに現れるので、変だなあと思うのですが、出現している時は、それが変なのか、変でないのかが一瞬理解できないのです。あり得ない所にあり得ない姿で出現しているにもかかわらず、それが非現実的な情景の環境の中にいるにもかかわらず、すぐにはそれが幽霊だとは理解できないのです。

「変だなあ?」とも思わないくらい自然なんです。でも冷静に考えればどう考えてもあり得ない情景に遭遇しているのですが、それと遭遇、または目撃した時のこちらの精神が少しおかしくなっているのか、すぐ幽霊だというのがわからないのです。

 では例えば、の理由を挙げて説明しましょうか。沢山見ている幽霊の中で、これから語ろうとする「怪談」はそれほど怖いうちに入らないものですが、やっぱりびっくりしました。

 アマゾンのパンタナールに行った時です。バスでジャングルの中のホテルに着いたのは明け方の3時頃です。平屋の簡素な建物でした。もう疲れてクタクタになっていたので、風呂にも入らないで早急にベッドにもぐりました。窓の外には月が見えました。ベッドに入ってまだ、1、2分もしない頃、フト人の気配を感じて目を開けました。足の上の空間辺りに人の顔があるのに気づきました。ジッと目を凝らして暗い空間を凝視すると、宙に人の顔が浮いていました。よく見ると黄色と赤色のストライプのニット帽を被った長髪の老人の顔が見えました。胴体はなく、首だけが宙に浮いていました。別に怖いとも思いません。老人の顔は茶色一色で優しい表情をしていました。

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横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

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