金メダルを掲げる大橋悠依 (c)朝日新聞社
金メダルを掲げる大橋悠依 (c)朝日新聞社
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長
大橋悠依(左)と関係者に向けて手を挙げる平井コーチ (c)朝日新聞社
大橋悠依(左)と関係者に向けて手を挙げる平井コーチ (c)朝日新聞社

 連載筆者の平井伯昌コーチ(58)が指導する大橋悠依選手(25)が、東京五輪の競泳女子個人メドレー2冠を達成した。日本女子選手が夏季五輪で1大会2個の金メダルを獲得したのは史上初。五輪本番での「金メダルへのコーチング」とは──。

【写真】大橋悠依選手と関係者に向けて手を挙げる平井コーチ

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 初めての五輪で出場2種目ともに金メダル、最高の結果を残した大橋悠依が最後の最後に力を出せたのは、金メダルを目標にしっかり準備を重ねてきたからです。いままで頑張ってきたことが一番いいかたちで出た。ずっと努力してきてよかったな、と思います。

 長野県東御市の準高地での直前合宿でなかなか調子が上がらず、「こんな調子では一番の目標にしてきたオリンピックでメダルも取れない。もう泳ぎたくない。東京に帰る」と訴えてきました。五輪の競泳が始まる3週間前のことです。

 メダルを取らなければというプレッシャーに、順調に仕上がっていかない焦りが重なり、心が揺れ動いていました。私はこんな話をしました。目の前のことから逃げてはだめだぞ、チャレンジを続けることにこそ意味がある。こういう苦しい状況でも2週間で調子を上げることができる。チャレンジするならおれはとことんつきあうぞ、と。

 大学水泳部同期の岡田真祐子コーチらのフォローもあって、練習に向き合う覚悟を決めていきます。選手村に入ったのは7月19日。日本代表チームに合流してから気持ちが落ち着き、泳ぎもよくなっていきます。

 大橋と私の間に衝突があったという記事が書かれましたが、大橋が東洋大に入ってから7年間で何度も衝突があったのはその通りです。本音をぶつけあったからこそ、ここまで来られたと思います。問題があってもそのままにしたり、解決しなきゃいけないことをめんどくさいからといって目をつむっていたりすれば、衝突は起こりません。大橋だけでなく、これまで教えてきた北島康介や寺川綾、萩野公介ら五輪メダリストとは、必ず衝突してきました。それは前に進むための建設的な衝突だと思っています。

 私は五輪のレース前、ライバル選手たちのデータや今季の調子をふまえて、どういうレース展開になるか予想をして選手に伝えます。女子400メートル個人メドレーは大会前、4分32秒前後の金メダル争いになると見ていましたが、大橋にはあえてレースですべきことだけを伝えていました。

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平井伯昌

平井伯昌

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

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