ミッツ・マングローブ「『ネット民』にとことん向き合ってみた」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

ミッツ・マングローブ「『ネット民』にとことん向き合ってみた」

週刊朝日
ミッツ・マングローブ

ミッツ・マングローブ

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、ネット民について。

*  *  *
「ネット民」の定義はいろいろですが、少なくともネットニュースなどのコメント欄に匿名で意見(中にはただの罵詈雑言や誹謗中傷も)を書き込んでいる人たちは、自他共に「ネット民」と認めて問題ないかと思われます。

 私も毎日のようにネットニュースを閲覧するため、嫌でも彼らの「コメント」が目に入ってきます。まず驚くのが、世の中に「物申したい」と思っている人がこんなにも多いことです。お金も貰えないのに。無償の情熱というのはもちろん「労働」ではありません。彼らにとってネットにコメントを残すことは「生きがい」なのです。いつだったか「別の記事にコメントしていたため、こちらへのコメントが遅くなってしまいすいません」という一文から始まる匿名コメントを目にし、怖くなった記憶があります。

 今日も、今この瞬間も、どこかで誰かが「コメント」している。まさに一億総コメンテーター時代。そんなネット民たちのコメントを見ていて感じるのが、「テレビに出る」ことへの厳しさです。彼らからすると「テレビに出る」ことは、選ばれし者たちだけが得られる「特権」のようなものであり、彼らの認めない人たちは、ひたすら「出るな」「需要がない」「チャンネル変える」「元の世界へ戻れ」などと言われます。これだけ「テレビ離れ」が進んでいるとされる中、誰よりもテレビを「特別な舞台(メディア)」と見做しているのは、ほかでもないネット民たちかもしれません。

 ネット民の多くは保守的で堅実な志向を好む人たちです。「不倫」「出来ちゃった婚」「玉の輿」「独立」「二世」「外国籍」「オカマ」「ギャル」などを忌み嫌い、清らかで純潔で謙虚であることを常に求めます。彼らはテレビを「特別な舞台(メディア)」と見做すと同時に、「楽に高収入を得られる世界」と思い込んでいるため、なるべくテレビで活躍する人が減り、自分たちと同じ堅実な世界に生きる人が増えることを望んでいるのです。そんな彼らの「正義」により、テレビの主体性が失われつつあるのは事実であり、結果彼らの「生きがい」は増す一方という負のスパイラルに陥っている気がします。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい