東尾修
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自分のスイングを貫いて結果を出したヤクルトの村上宗隆 (c)朝日新聞社
自分のスイングを貫いて結果を出したヤクルトの村上宗隆 (c)朝日新聞社

 西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、躍進のヤクルト村上宗隆と同期の日本ハム・清宮幸太郎を比較する。

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 レギュラーシーズンも終了した。このコラムが読者の皆様のお手元に届くころにはクライマックスシリーズ(CS)も終わっている。いよいよ新型コロナウイルスと闘ったプロ野球界も佳境を迎える。

 その中でセ・リーグは若き4番打者の活躍が目立った。巨人岡本和真は31本塁打、97打点で2冠を獲得。ヤクルトの村上宗隆も打率3割7厘、28本塁打、86打点を挙げた。

 2人に共通しているのは、スイングの強さである。巧打という言葉は、今の野球では「力強さ+α」の「α」の要素しかない。多少、芯を外れても外野席まで運べるパワー、スイングの強さが必要だ。そういった選手は無限の可能性がある。1球で仕留める確率が上がれば、数字はその分、伸びるからだ。

 村上を見てみよう。打率は昨年の2割3分1厘から3割7厘となった。昨年の三振数は184だったが、今年は115まで激減した。そして、出塁率は昨年の3割3分2厘から4割2分7厘だ。この数字を見ても「確率」が上がった証拠だ。

 さらに長打率も4割8分1厘から5割8分5厘となった。確率を求めて、こぢんまりとなってはいない。高卒2年目の昨年に36本塁打。今季は4番打者として相手からマークされた。並の選手なら、厳しいコースに手を出して崩れてもおかしくないが、村上は自分のスイングを貫き、打てる球を辛抱強く待った。

 どの世界でも言えることだが、自らの特長を消さずに、短所をつぶしていく作業というものは、難しい。三振を減らそうと思えば、どうしても当てに行きたくなる。それをしない我慢があった。

 村上と同期である日本ハムの清宮幸太郎を見て思うことがある。打席の中で、自分のタイミングで振り切ったことがどれだけあるだろうか。村上と比べても、清宮に軟らかさを感じるが、逆に器用さが邪魔しているように感じる。結果というものは、自分のスイングを貫いた先にある。

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東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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