※写真はイメージです (GettyImages)
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 作家・片岡義男が選んだ「今週の一冊」。今回は『企業中心社会を超えて 現代日本を<ジェンダー>で読む』(大沢真理著、岩波現代文庫 1480円・税抜き)。

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 勤続30年に近い男性の社員が、打ち合わせに訪れた他社の社員と会うため応接室に入った。打ち合わせを一方的に切り上げたその男性は、他社の社員が帰ったあとの応接室から、その他社の別の担当社員に電話をかけた。「この大事な打ち合わせになぜ女なんかよこしたのか」と、怒り狂ったという。ごく最近、まだ現役の会社員から聞いた話だ。

 生活大国五か年計画、というものを知っているだろうか。1992年に経済審議会が作り、ときの宮沢喜一内閣が閣議決定した。敗戦このかた経済成長を追い続けた日本が、個人の生活を優先する方針へ、初めて切り換えたのがこれだ。

 しかしこの計画は不評だった。日本の競争力を削ぐものだ、と企業中心の日本男性たちは評価したからだ。1992年は2020年からだと28年前だ。当時40代の働き盛りの社員は定年でもういない。

「現代日本を<ジェンダー>で読む」と副題のある本書は1993年に刊行され2020年8月に岩波現代文庫の一冊となった。ジェンダーという言葉の意味の説明などもはや不要だろう。その程度には日本社会も変化している。生活大国五か年計画がどのようなものか解きあかすのを目的に、著者はこの本を書いたという。

 この30年の低成長で企業中心の考えかたはいちだんと強まった、と著者は言う。社会ぜんたいが細ると、男性による支配は強まり、なおかつ、新たな局面を迎える。

 自分の都合に合うものなら、なんでもいい、という社会はすでに実現している、と書評子は思う。もともと会社とは、自分勝手なものだ。その会社が日本を作り、日本株式会社などと外国から呼ばれるのだから、病は深い、五か年どころではない。

 強さを増しながら依然として続いていく男性優位の企業中心社会のなかで、女性はとにかく都合よく使われる存在でしかない。現代日本をジェンダーで読むと、そのような回答があるだけだ。「膨大な使捨てのための縁辺労働力」という言葉が本書のなかにある。「生活大国五か年計画がおよそ女性の基幹労働力化という方針をもたない」とも著者は書いている。

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