話は変わって、このところよめはんがダニに食われている。毎日のように、起きてくると腕や背中をわたしに見せて、「えーん、また咬(か)まれたよう」と泣き真似(まね)をする。

「よしよし、痒(かゆ)いの飛んでいけ」と、わたしはよめはんの背中に痒みどめの薬を塗ってやる。するとオカメインコのマキが飛んできて、よめはんの耳をガジガジするから、「マキちゃん、痛い、やめて」と、よめはんはまた泣く。おもしろい。もっと咬め。

 我が家には和室がふたつある。十二畳と六畳のつづき部屋がよめはんの画室で、もうひとつの八畳の和室がよめはんの寝室になっている。そう、よめはんは我が家でいちばん贅沢(ぜいたく)な部屋を占拠した上に、応接間も占領して、描いた絵と額を詰め込んでいる。地階の倉庫も絵と額でいっぱいだし、よめはんにはパソコン部屋もある。わたしに許された居住空間は二階の屋根裏部屋だけで、マキとグッピーとサワガニ、よめはんの胡蝶蘭とともに寝起きしている。

 わたしはよめはんにいった。「畳の中にはな、ダニが何千、何万匹とおる。それがザワザワと布団にあがってきて、はにゃこの血を吸うんや。しゃあない、八畳の和室はこれから、おれが寝ることにしよ」

「さすが、ぴよこちゃん、うまいこというやんか。どさくさまぎれに」

 よめはんはいま、和室にアルミシートとエアキャップを敷き、バスタオルをかぶって寝ている。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

週刊朝日  2020年9月18日号

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黒川博行

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黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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