昭和32年の小説がまるでコロナ禍の日本 気になる結末の開高健作品 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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昭和32年の小説がまるでコロナ禍の日本 気になる結末の開高健作品

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斎藤美奈子週刊朝日
※写真はイメージです

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 文芸評論家の斎藤美奈子氏が数多の本から「名言」、時には「奇言」を紹介する。今回は、生誕90年を迎えた開高健の『パニック』(新潮文庫 550円)を取り上げる

「……これは緊急措置というやつだ」

*  *  *
 開高健の初期の短編集『パニック・裸の王様』に収録された「パニック」は、コロナ禍のいま読むのにぴったりな作品だ。

 主人公は県庁の山林課に勤務する俊介。物語は、人々をパニックにおとしいれたネズミの大量発生をめぐって展開する。ことの発端は、前年の秋、120年に1度花が咲いて実をつけるというササの実がなったことだった。この実をめざして広範囲から野ネズミが集まり、冬ごもりの間、雪の下で繁殖。春になって彼らが動きだせば、田畑や植林に甚大な被害が出る。

 前年に異変に気づいた俊介は、警告を発すべくササ原を焼き払う旨の上申書を提出するが、即座に却下された。そして春、予測は的中した。

<ネズミは地下水のようにつぎからつぎと林、畑、川原、湖岸、草むらのあらゆる隙から地表へ流れだして来てとどまるところを知らなかった>

 ネズミの大量発生といえば、思い出すのはカミュ『ペスト』。実際、物語は不穏な方向に向かう。イタチもワナも毒薬も効果はなく、県はネズミを捕らえた者には1匹10円の懸賞金を出すと布告。地域によっては小学生や中学生を動員してネズミ狩りに乗り出すが、ここから悪い噂が広がりはじめた。<伝染病の噂である。これは俊介がひそかに恐れていたことだった><不安なひとびとのこころにはコレラと発疹チフスが発生し、急速にひろまっていった>

 この小説では『ペスト』のように伝染病に発展することはないものの、行政がデマを打ち消すためにとった対策は強引な幕引きだった。局長はいった。もう一度、小学生を派手に動員した後は、ポスターを剥がし、懸賞も打ち切り、対策委員会も解散する。<「どうして委員会を解散するんです?」/「ネズミが全滅するからだよ」>

 合理性より面子を重んじる役所。保身しか頭にない課長と局長。<「……これは緊急措置というやつだ」>。昭和32年の作品なのにまるでいまの日本!

週刊朝日  2020年8月28日号


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