“演劇は時代を映す鏡”とも言われるが、舞台に足を運ぶと、たとえそれがシェイクスピアのような古典の翻訳劇であっても、今生きているこの時代とシンクロするような感覚に陥ることがある。インタビューの時点では、5月13日の開幕に間に合うように準備を進めていたわけだが、もしかしたら上演できないかもしれないという一抹の不安もあった。蔵之介さんに、「今、こういうタイミングで昭和の人情喜劇が上演されることに、意味を感じたりはしましたか?」と聞くと、4年前に初めて演出の森さんとタッグを組んだ、「BENT」という作品に言及した。

「第2次世界大戦下のナチスドイツによる同性愛者への迫害がテーマの作品で、最初に台本を読んだときは、思わず『これは無理だ。俺にはできない』と思って本を閉じてしまったほどです。でも、何度か読みなおしていくうちに、究極の愛の物語だと思うようになりました。極限状態に置かれた人間たちが、それでもジョークを言い合ったりして、“そうか、生きていく上では、想像力とユーモアが大切なんだな”と気づかされた。その人生の厳しさに、笑えて泣けてきたんです。今回の舞台も、他吉の人生だけを追っていたら悲劇だけれど、だからこそ、芝居ならではのユーモアが利いてくるかもしれない」

 作品について語りながら、「『この世の中には、苦しい山、悲しい谷がなんぼもある、それをなんべんも乗り越えて、生きて行かないかんのじゃ』なんていうセリフもあったりして、僕自身、他吉の明るさに丸め込まれてしまうんです(笑)」と嬉々として語る姿は、他吉という役に恋しているようにも見える。(菊地陽子 構成/長沢明)

※取材の6日後、舞台の中止が発表になった

週刊朝日  2020年5月8‐15日号より抜粋