市原隼人、33歳まで給与明細を確認せず…“芝居バカ”すぎるその理由 (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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市原隼人、33歳まで給与明細を確認せず…“芝居バカ”すぎるその理由

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菊地陽子,長沢明週刊朝日
市原隼人(いちはら・はやと)/1987年生まれ。神奈川県出身。2001年、岩井俊二監督の映画「リリイ・シュシュのすべて」に主演し、鮮烈な印象を残す。08年、ドラマ「ROOKIES」、09年、映画「ROOKIES-卒業-」で人気を不動のものに。3月14日から、舞台「脳内ポイズンベリー」が新国立劇場中劇場で上演。3月15日(日)ドラマ「伴走者」(BS-TBS)が放送。5月15日、映画「太陽は動かない」が公開予定(撮影/写真部・片山菜緒子)

市原隼人(いちはら・はやと)/1987年生まれ。神奈川県出身。2001年、岩井俊二監督の映画「リリイ・シュシュのすべて」に主演し、鮮烈な印象を残す。08年、ドラマ「ROOKIES」、09年、映画「ROOKIES-卒業-」で人気を不動のものに。3月14日から、舞台「脳内ポイズンベリー」が新国立劇場中劇場で上演。3月15日(日)ドラマ「伴走者」(BS-TBS)が放送。5月15日、映画「太陽は動かない」が公開予定(撮影/写真部・片山菜緒子)

ユニークな給食の食べ方をする生徒に興味津々の甘利田。なぜかつい足が伸びる (c)2020「おいしい給食」製作委員会

ユニークな給食の食べ方をする生徒に興味津々の甘利田。なぜかつい足が伸びる (c)2020「おいしい給食」製作委員会

 気になる人物の1週間に着目する「この人の1週間」。今回は俳優・市原隼人さん。10歳で芸能界入り。10代、20代と、人との出会いも含めて、いくつもの代表作に恵まれる中、30代で開拓した新境地が“給食マニアの中学教師”役。常に全力な市原さんも、回り道した時期があったという。

【映画「おいしい給食」の場面写真はこちら】

*  *  *
 小学校の登下校は、いつもトム・ソーヤーの気分だった。テーマパークに行かなくても、そこかしこに冒険は転がっている、と。

「夢中で石蹴りをしているうちに、友達との待ち合わせ場所に着いて、いつものおばちゃんに挨拶して、クリーニング屋さんの時計で時間を確認するんです。『いつもより早いね』ってなったら、そこで少し時間を潰したり。朝起きると、『今日は何が起こるのかな?』って毎日ワクワクしていたから、学校に行きたくて仕方がなかったです」

 小学校5年生のときに街でスカウトされ、芸能活動を開始する。最初は部活気分だったものの、14歳のときに主演した映画「リリイ・シュシュのすべて」で、映画製作の面白さに圧倒された。

「現場にいる人すべてが、“これぞプロフェッショナル!”って感じで、ものすごくカッコよく見えたんです。岩井俊二監督はもちろんのこと、技術スタッフも、みんながそれぞれ自分の持ち場に誇りを持って動いていることに痺れました。映画づくりって、撮影部、照明部、録音部に美術さんも、いろんなプロの情熱が結集しているんだってわかって、自分も、『あんなふうに仕事がしたい』と、子供心に猛烈に憧れました。それは、共演者に対しても同じ気持ちでした」

 役者は、元々自分が憧れた職業ではない。でも、気付けば常に台本がそばにあって、役と向き合っていくことが日常になっていた。

「最初は、右も左もわからなくて、役を演じるときは、自分のすべてをさらけ出すしかなかった。そのやり方を、20歳を過ぎるまで、ずっと続けていました。芝居の世界って、それがどんなに日常を描いた作品であっても、最終的には、非日常じゃないですか。だから、せっかく映画館に足を運んでいただくなら、あるいは、毎週続きを楽しみにしていただけるなら、普段生活しているときには見られないような感情を見せたい。泣くとか笑うとか怒るとか、そういう激しい感情以外にも、普段なら見落としがちな小さな心の動きも含めて。それには、自分を裸にして役にぶつからなければダメだと思っていたんです」


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