岡崎二朗「梅宮辰夫さんへ そっちにいた方がいい女がいっぱいいるんじゃないですか」【別れの言葉2019】 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

岡崎二朗「梅宮辰夫さんへ そっちにいた方がいい女がいっぱいいるんじゃないですか」【別れの言葉2019】

週刊朝日#お悔やみ
岡崎二朗さん(事務所提供・左)/梅宮辰夫さん (c)朝日新聞社

岡崎二朗さん(事務所提供・左)/梅宮辰夫さん (c)朝日新聞社

 私と兄さんと大原麗子と共演した映画「地獄の波止場」(1965年公開)。ある日の撮影後、大原麗子と東京の青山を真夜中の3時頃歩いていたら、兄さんが車でやって来て、「お前ら何やってるんだ、乗れ」と言って、赤坂のホテルの前で停車し「降りろ」と。翌日、撮影前、それをみんなの前で発表し、「その後、どうなったかは2人に聞いてくれ」と笑い飛ばしていました。

 兄さんの顔の傷。みんなには事故とか説明していましたが、私が「刃物の傷じゃないですか」と見破ったら、「う、お前すごいな」と答えた。当時交際していた銀座の女とトラブっていたから、かばったのでしょう。そこまで惚れさせた兄さんは男冥利に尽きる。しばらく売れなくてくすぶっていたのに、顔の傷ができてから突然、売れっ子になり、遊び人が女をたらす役どころの「ひも」「いろ」「ダニ」「かも」の2文字シリーズの映画がヒットしましたね。

 兄さんは晩年、東京の松濤にあった豪邸を売って、神奈川の真鶴に家族全員で引っ越して暮らしていました。真鶴から東京へ通うのも大変だし、クラウディア夫人との長女アンナちゃんの仕事もあるからと、東京にも部屋を借りていました。

 東映のごろつき映画に出ていた人がいつの間にか、アンナパパとして人間性を変えていき、55歳くらいからピタッと飲みに出なくなりましたね。私がVシネマ「日本統一」のキャスティングの仕事をして、兄さんに出演交渉した時、「長いセリフは覚えられないから、降りる」と言うので、セリフを10分の1に削って出演してもらったことがありましたね。おかげで、シリーズは37作まで続く息の長いものになりました。

 あの世に逝ってしまいましたが、こっちにいるより、そっちにいた方がいい女がいっぱいいるんじゃないですか。昔の撮影の話は楽しいですが、今の映画はつまらない。「あいつも呼ぶか」と、私が呼ばれてもいいな。そっちへ行きましたら、また仲間に入れてくださいよ。

週刊朝日  2019年12月27日号


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい