よめはんにはなにをどういっても負ける。

 去年と一昨年のサイン会は大阪でした。場所は梅田の三番街の大手書店。一時間ほど前に行って、別室で二百冊ほどサインをしたのち、定刻に会場へ行くと、多くのひとが並んでいた。ありがたい。本を買ってもらった上に行列までしてもらうのだから。

 そして、サイン会──。読者の名前を書き、わたしの名前を書きながら、ただ黙っているわけにもいかないから、話しかける。「どちらからいらっしゃいました」「○○です」「遠いところをありがとうございます。JRの新快速ですね。○○は魚市に行ったことがありますわ」──。

「珍しいお名前ですね」「田舎の親戚だけやと思います」「ほう、何人ぐらいいてはるんですか」──。

 東京はそれほどでもないが、大阪のサイン会は話しかけられることが多い。

「疫病神シリーズの二宮は悠紀とつきあうんですか」「いや、悠紀は従妹やし、ないと思います」──。

 サインが終わると立って握手をし、希望があれば並んで写真を撮る。怖い顔だが、にこやかに。

 立ったり座ったりして、約一時間──。わたしはへろへろになり、サイン会は終了する。編集者と食事に行き、酒を飲んでよれよれになる。たまによめはんがいっしょのときは、「ピヨコちゃん、がんばったね」と褒めてくれるし、ちゃんと家に連れて帰ってくれるから、たいそう楽だ。

週刊朝日  2019年11月29日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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