“世界遺産”登録へ 前方後円墳をつくる大きな意味とは? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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“世界遺産”登録へ 前方後円墳をつくる大きな意味とは?

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鮎川哲也週刊朝日#歴史
古墳の上に立ち、美しい国をほめ、民の安寧を祈る「王の儀式」の一部の再現 (撮影/写真部・松永卓也)

古墳の上に立ち、美しい国をほめ、民の安寧を祈る「王の儀式」の一部の再現 (撮影/写真部・松永卓也)

「百舌鳥・古市古墳群」が6月末からの第43回世界遺産委員会で世界文化遺産に登録される見通しである。そこで、いまだ謎が多い古墳とは何か、じっくり掘り下げてみたい。

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■ムラの「ランドマーク」だった

「古墳は大王や王(豪族)の墓で、人々をムチ打って墓づくりに動員したのではなく、王を奉じる人々が積極的に関わったと考えられます。いわば共同体のシンボルといえるでしょう」と明治大学准教授の若狭徹さん。

 とくに前方後円墳を造るには文化と政治の中心であったヤマト王権の承認が必要で、前方後円墳はヤマト王権のメンバーである証しだった。中央から進んだ文化がもたらされ、経済的にも恵まれることを意味した。

「前方後円墳築造の承認を受け、ヤマト王権との関係の深さを示すことで、王は他地域の王より優位になれたのです」

 前方後円墳を造ることが許された王はムラの人々から敬意を払われ、死後丁重に埋葬された。

「王は古墳づくりの共同作業によって地域を上手に統治し、ムラ人は王の事績を表す埴輪の並ぶ古墳を見て、地域の安定を約束されたと感じていたでしょう。古墳は、いわば“見せる王権”ともいえる存在でした」

■古墳を守り飾る「埴輪」

 古墳時代にはさまざまなものが造られ、そのいくつかは現在も目にすることができる。なかでもユニークなのは埴輪で、古墳の周囲や墳丘に数多く立て並べられた。


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