「両手を軽くこすりながら流水で10秒間洗えば十分です。天然油脂とカセイソーダで作られた昔ながらの固形せっけんならば、使ってもいい」

 洗いすぎがNGなのは、お尻も一緒だ。温水洗浄トイレがすっかり普及しているが、強い水圧でお尻を丹念に洗浄している人も少なくないだろう。やはり、これも肛門(こうもん)周囲の皮膚常在菌が少なくなってしまう。pH7以上の中性からアルカリ性寄りになった皮膚には雑菌が入り込みやすく、肛門が炎症を起こし、かぶれたり、かゆくなったりする。

 特に女性の場合は深刻な事態になりかねない。藤田さんがこう指摘する。

「温水洗浄トイレが普及してから、女性の膣炎が増えているのです。オシッコのたびに『ビデ』で膣まで洗い流すようになりました。膣にはデーデルライン桿菌(かんきん)という細菌がいて、膣の中のグリコーゲンを食べて乳酸を作り出しています。そのおかげで、膣内は強い酸性に保たれています。ところが、ビデでデーデルライン桿菌を洗い流してしまうと、膣は中性になって雑菌が繁殖しやすくなる。子宮まで炎症が起きてしまうと、早産や流産のリスクもあります」

 温水洗浄トイレに慣れた人の中には、海外に行けなくなったという話も聞く。藤田さんがインドネシアの医療調査のために、若い研究員を誘うと、温水洗浄トイレがないことを理由に断られたことがあるという。たかが温水洗浄トイレごときで仕事や研究の機会を失い、行動範囲を狭めていることになる。もはや依存症の状態で、事態は思った以上に深刻なのだ。

 人間の腸内細菌は約200種類で、100兆個もすんでいるといわれる。よく善玉菌とか悪玉菌と言われるが、藤田さんによれば、どちらも腸内細菌の中で2割以上増えないという。大多数を占めるのが日和見菌だ。乳酸菌など善玉菌を摂取することはもちろん大事だが、藤田さんは日和見菌を体内に取り込むことの重要性を説く。

「日和見菌は、善玉菌と悪玉菌の有利なほうにつきます。善玉菌が優勢なときには大勢の日和見菌が味方して、体調を良くします。免疫力を活性化し、感染症を防いでくれるのです。では日和見菌とは何かというと、多くは土壌菌の仲間です。土の中だけでなく、床やテーブルなどそこらへんにたくさんいます。赤ちゃんが床をハイハイしてその手指をなめたり、授乳のときにお母さんの皮膚から細菌を取り込んだりするのは大事なこと。子どもは泥だらけになって遊んで、多種多様な菌に触れるべきです」

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