一之輔、ネコの「斎藤さん」に舌打ちされた過去

連載「ああ、それ私よく知ってます。」

春風亭一之輔週刊朝日#ねこ#春風亭一之輔
イラスト/もりいくすお
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イラスト/もりいくすお

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「ネコ」。

【今週のお題のイラストはこちら】

*  *  *
「実家でネコ飼ってるの」

 大学の時、付き合い始めた彼女が言った。今までイヌしか飼ったことがない私。「ネコかぁ、イヌのほうがいいなぁ」と思ったが、どうせ実家の飼いネコだ。余程付き合いが深くならなければ、そのネコと会うことはないだろう。

「名前は?」

「斎藤」

「いや、ネコのだよ」

「だから、斎藤」

「○田だろ?」

「私は○田、ネコは斎藤」

「……あ、『斎藤』っていう名前なの? 名字があるの? ネコなのに? 斎藤、なに?」

「ただの『斎藤』。『斎藤』は下の名前だよ」

「……じゃ『○田斎藤』?」

「……ま、強いて言うなら」

 家族で『斎藤』に決めたらしい。変わった家族だな。どうして『斎藤』にしたのか、理由を聞いたが忘れてしまった。私の名字が『斎藤』じゃなくて良かった。ネコを呼ぶのと同じ音で、彼女から呼ばれるのは複雑だ。

 斎藤は雌ネコで白の雑種。彼女が高校生の時、もらってきたそうだ。ルックスはさほどではないが、声は抜群にかわいいらしい。ネコを好きでない人間にとっては、ネコってみんな同じ顔に見えるし、だいたいのネコは高い声で「ニャー」と鳴くんじゃないか?

「いいねぇ。会ってみたいなぁ、斎藤さん」。気もなくそう返しておいた。

 それから7年経った秋のこと。彼女とはいろいろありつつ、結婚することになった。「やっぱりご両親に挨拶行かねばならんよね……?」「まあ、そうしてくれるとありがたい」

 私は手ぶらで行ってしまった。しかも穴の開いたジーパンにネルシャツ。ヨレヨレのジャンパーに、かかとの潰れたスニーカー。私が父親ならそんな落語家の前座(26)なぞ絶対に家に入れない。でもご両親は私を笑顔で迎えてくれた。これで良かったんだ(絶対良くない)。

「今日は急に失礼します……いや、あの、まぁ……そういうことになりまして……あの……結婚したいなと……いかがでしょうか?」。挨拶としては最低である。私だったらこいつをぶっ飛ばす。

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