原田マハの魅力 林真理子も「普通の作家は太刀打ちできない」 (3/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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原田マハの魅力 林真理子も「普通の作家は太刀打ちできない」

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松岡かすみ週刊朝日#林真理子
原田マハ(はらだ・まは)/作家。1962年、東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。馬里邑美術館、伊藤忠商事、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館などに勤務後、フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活動。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、作家デビュー。著書に『楽園のカンヴァス』(山本周五郎賞)、『ジヴェルニーの食卓』、『暗幕のゲルニカ』、『リーチ先生』(新田次郎文学賞)など多数(撮影/大野洋介)

原田マハ(はらだ・まは)/作家。1962年、東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。馬里邑美術館、伊藤忠商事、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館などに勤務後、フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活動。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、作家デビュー。著書に『楽園のカンヴァス』(山本周五郎賞)、『ジヴェルニーの食卓』、『暗幕のゲルニカ』、『リーチ先生』(新田次郎文学賞)など多数(撮影/大野洋介)

林:そのころご結婚なさってたの?

原田:それがちょうど結婚したタイミングだったこともあって、無給でも大丈夫だろうと思って。そこは美術界で活躍している方をお招きしてトークをしてもらう私塾みたいなところなんですけど、そこに伊藤忠の新規事業開発部でアートの仕事を始めたという方が見に来られたんですよ。名刺をいただいたので、売り込んでみようかなと思って、「一度私の話を聞いていただけませんか」って公衆電話から電話したんです。

林:まだケータイがないころですね。

原田:はい。そしたら「来てください」と言われて、これはプレゼンってことかなと思って。当時アメリカでパブリックアートといって、企業がCSR(企業が負うべき社会的責任)の一環として売り上げの0.1%ぐらいを市やアート団体に寄付するというのがはやってたんです。当時そういうのは、まだ日本にはなかったんですね。「これだ!」と思って「日本にもパブリックアートを」というプレゼンの資料を作って、青山にある伊藤忠ビルに行ったんです。

林:わ~、すごい。

原田:心臓がバクバクしながら部屋に入ったら、私塾に来られた方と上司の方々がずらっと並んでらして、ドキドキしながらプレゼンしたんです。そしたら「なかなかおもしろい」ということになって、度胸を買われて契約社員として入れていただいたんです。あの飛び込みがなかったら今の私はないと思います。

林:その前向きな姿勢、素晴らしいです。伊藤忠には何年いたんですか。

原田:4年ぐらいですかね。いろいろ勉強になりました。英語の勉強もさせてもらいましたし、海外出張もさせていただいて、とても恵まれた環境でした。私塾では、文房具もコピーもちびちび使っていたのが、伊藤忠は文房具もコピーも使い放題、内科も外科もあるわ……。

林:イケメンの商社マンはいっぱいいるわ、ですよね。「ちょっと結婚早まったかな」みたいな?(笑)

原田:アハハ。でも、私にはちょっと身分不相応な感じがしましたね。

林:バブルのころですか。


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