陛下自ら慰霊に言及 終戦で終わらない苦悩に寄り添う「皇室外交」 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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陛下自ら慰霊に言及 終戦で終わらない苦悩に寄り添う「皇室外交」

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永井貴子週刊朝日#皇室
フィリピン・カリラヤで比島戦没者の碑に供花する両陛下 (c)朝日新聞社

フィリピン・カリラヤで比島戦没者の碑に供花する両陛下 (c)朝日新聞社

日本政府に謝罪と補償を訴える元慰安婦を支援する団体 (c)朝日新聞社

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ベトナム・ハノイで元残留日本兵の家族と言葉を交わす両陛下 (c)朝日新聞社

ベトナム・ハノイで元残留日本兵の家族と言葉を交わす両陛下 (c)朝日新聞社

 戦争の歴史をたどるとき、多くの人は戦場の悲劇に目を奪われる。だが、戦後70年を超える歳月で風化するように、光の当たらない場所で悲しみに耐えている人びとがいることを忘れてはならない。平成の幕が下りようとする中、両陛下はその埋もれた苦悩に寄り添うのだった。

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 2016年1月26日。防衛研究所の庄司潤一郎戦史研究センター長(現在、研究幹事)は、テレビの前にいた。庄司氏は両陛下のフィリピン訪問に先立ち、フィリピン戦に関するご進講役を務めていた。この日、羽田空港からフィリピンへ出発する両陛下を静かにお見送りしよう。そんな心持ちだった。

 天皇陛下が出発前のお言葉を読み上げた。

<中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜(むこ)のフィリピン市民が犠牲になりました──>

 庄司氏は深い驚きと感銘を受けた。羽田空港でのお言葉は、日本人に向けたメッセージだからだ。フィリピン訪問は、外枠はあくまで国交正常化60周年の節目における国際親善の旅。宮内庁は「慰霊」が前面に出ないよう、慰霊碑訪問のタイミングなどに配慮していた。

 しかし、太平洋戦争のなかでも、フィリピン戦は最も多くの犠牲者を出したことは事実だ。

「中国の戦場では、1937年の盧溝橋事件から敗戦までの8年間で46万人の日本の兵士が亡くなった。しかし、フィリピン戦での犠牲者はそれを上回り、41年12月の真珠湾攻撃から4年弱で49万8600人で、単一の戦域としては最大です」(庄司氏)

 さらにフィリピン側の犠牲も大きかった。日米両軍の戦闘に巻き込まれたり、日本軍による民間人の虐殺や性暴力の被害。女性や子ども、老人を含む111万人もの住民が命を落とした。

 なかでもマニラ市街戦では米軍が無差別砲爆撃に踏み切った。街中の建物が破壊され、10万のフィリピンの人びとが殺された。

 羽田空港で、陛下はマニラ市街戦の話の後、日本の国民に向けて、

<私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています>


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