しかも、かつては血液型が異なる患者への臓器提供は「禁忌」となっていたが、田邉医師はこう話す。

「免疫抑制剤の進化などで、1980年代から異なる血液型への移植が可能になり、現在では、ABO型の不適合はほとんど問題になりません」

 免疫抑制剤とは何か。そもそも自分以外の臓器が体内に植え込まれれば、からだに備わった免疫の働きにより攻撃を受ける(拒絶反応)。これを抑えるのが免疫抑制剤だ。拒絶反応には、移植後に起こるもののほか、それまでの輸血経験などにより、移植前からドナーに対する免疫反応を起こす抗体ができている場合もある。田邉医師はこう話す。

「拒絶反応を起こす抗体は、とくに夫婦間の移植で問題になりがちですが、免疫抑制剤などにより、術前にしっかり除去しておくことが非常に重要です」

 移植を受ける患者は免疫抑制剤を移植前から服用し、移植した腎臓が機能している限り服用し続ける。この薬の使い方が移植の成否を決めるポイントの一つとなりえる。

 移植手術の具体的な方法はこうだ。ドナーに対しては、背中側から内視鏡を使って腎臓と血管や尿管などを切り離したうえで、恥骨の上(ビキニライン)を5センチほど切開して腎臓を取り出す。ほとんど出血はなく、手術時間は約2時間。前日に入院し、3泊4日程度で退院となる。

 一方の提供を受ける患者(レシピエント)側は、別の手術室で腹部を15センチほど切開してドナーの腎臓を待つ。到着次第すぐに骨盤の位置に植え込まれる。もとの腎臓はそのまま据え置き、術後の検査でがん化などが疑われれば、その時点で取り出す。手術時間は約3時間で、1週間ほどで退院できる。

 愛知県在住の会社員・安永栄三さん(65歳・仮名)は2015年8月、糖尿病性腎症による腎不全で通院していた内科医院で「近いうちに人工透析などが必要になる」と告げられた。

 安永さんは、人工透析で通常の日常生活が困難になった親戚の姿を思い浮かべ、「透析ではなく腎移植を」と妻に相談。「私がドナーになって、これからの人生を二人で楽しみましょう」と、快諾を得た。

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