AERA dot.

ミックと喧嘩してでもキースが欲しがった伝説サックス奏者

連載「知新音故」

このエントリーをはてなブックマークに追加
小倉エージ週刊朝日

(左から)ミック・ジャガー、ミック・テイラー、キース・リチャーズ。1人おいて、ジム・プライスに抱き上げられるボビー・キーズ

(左から)ミック・ジャガー、ミック・テイラー、キース・リチャーズ。1人おいて、ジム・プライスに抱き上げられるボビー・キーズ

「ブラウン・シュガー」などの名演で知られるボビー・キーズ

「ブラウン・シュガー」などの名演で知られるボビー・キーズ

『“6人目のストーンズ”と呼ばれた男~ボビー・キーズ・ストーリー』

『“6人目のストーンズ”と呼ばれた男~ボビー・キーズ・ストーリー』

 ボビー・キーズ。ロック・ファンならその名をご存じのはず。サックス奏者であり、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、ジョン・レノンらのアルバムに参加してきた。

 中でもかかわりが深いのが、ザ・ローリング・ストーンズ。ストーンズの代表作のひとつ「ブラウン・シュガー」の間奏での豪快なサックス・ソロは、ボビー・キーズの存在を広く知らしめた名演だ。

 DVD『“6人目のストーンズ”と呼ばれた男~ボビー・キーズ・ストーリー』は、ボビーの自伝『EVERY NIGHT'S A SATURDAY NIGHT』に基づくドキュメンタリーだ。他ならぬキース・リチャーズが「まぎれもなくボビーは6人目のストーンズだね」と本作で証言している。

 ボビー・キーズは1943年、米テキサス州のラボックの生まれ。ラボックといえば、ザ・ビートルズやストーンズが敬愛してやまなかったバディ・ホリーの出身地。ボビーもバディ・ホリーの生演奏に接しながらミュージシャンを目指し、14歳でバディ・ノックス、15歳のときにボビー・ヴィーのバンドのメンバーになった。64年には著名なDJのディック・クラークのツアーにも参加。ストーンズとの出会いはそのツアーでのことだった。

 その後、ロサンゼルスへ。タルサ出身で、すでにアレンジャーとして活躍していたレオン・ラッセルのスタジオに身を寄せ、やがてデラニー&ボニー&フレンズの一員となる。そのデビュー作の録音の際、同じスタジオで『レット・イット・ブリード』の最終仕上げをしていたミックと再会し、1曲ゲスト参加している。

 デラニー&ボニーは60年代末、イギリスのミュージシャンに衝撃をもたらしたグループだ。クリームに続いてブラインド・フェイスを結成したエリック・クラプトンが彼らにほれこみ、フレンズの一員となったこともある。

 もっとも、デラニー&ボニー&フレンズは解散。フレンズはレオン・ラッセルを筆頭にマッド・ドッグス&イングリッシュメンとしてジョー・コッカーのバック・バンドに。そのメンバーからジム・ゴードン、カール・レイドルらがエリック・クラプトンとデレク&ザ・ドミノスを結成、といったこともあった。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む


このエントリーをはてなブックマークに追加