前川氏は産業用冷凍機メーカー・前川製作所の創業者一族出身。妹は中曽根弘文元外相の妻という「華麗なる一族」だ。東大法学部卒業後、1979年に旧文部省に入省。初等中等教育企画課長だった2005年には自身のブログ「奇兵隊、前へ!」で、当時の小泉純一郎政権下で検討された公立小中学校への国庫負担金の削減を真っ向から批判するなど、率直な物言いで注目を集めた。

 前川氏の入省当時から親交があるという元文科官僚の寺脇研氏がこう語る。

「入省時から将来の次官候補と言われていた。仕事もできて人柄も良い。派閥もつくらず省内で幅広く慕われた。小泉改革を批判したときも今と似た構図で、教育の専門家が一人もいない当時の経済財政諮問会議で、義務教育への予算削減が決められることに辞職覚悟で抗議した。公正さを重んじる性格です」

 内閣人事局の設置(14年)により官僚の人事権を官邸が掌握した現在と違い、当時は官僚の人事は官僚が決めていた時代。前川氏はその後も順調に出世を重ね、初等中等教育局長などを経て16年6月に事務次官に上り詰めた。だが、今年1月に発覚した文科省の天下り問題で責任を問われ、わずか半年で辞任。元経産省の古賀茂明氏は、こうした経緯も今回の行動に影響したのではないかと推測する。

「経産省など有力省庁は実際もっとおいしい天下りをしているのに、安倍政権には文科省だけが『悪の巣窟だから退治してやる』というように扱われた。『政治主導』の演出に利用された不満が省内にたまっていたはず。前川氏も今回の行動で再就職などが難しくなるわけで、相当な覚悟でしょう。いわば忠臣蔵の浅野内匠頭です。前川氏を慕う現職職員は今も多く、これから内部告発が続けばさらに大きな展開になるでしょう」

 前川氏に続く「四十七士」は現れるのか。だが、前川氏の会見直後に行われた民進党によるヒアリングでは、文科省側は資料の存在について「関係者に確認したところ、確認できなかったという結果が出ましたので、その点についてはそういうことです」(串田俊巳大臣官房総務課長)などと、これまでと同じ答えを繰り返すばかり。元トップの捨て身の訴えは黙殺された。

 官僚たちはなぜ口をつぐむのか。前述のとおり官邸に人事権を握られているという事情はあるが、今回はそれ以上の「闇」を感じさせる出来事があった。

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