追悼「ムッシュかまやつ」愛され続けた“仏の顔”伝説 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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追悼「ムッシュかまやつ」愛され続けた“仏の顔”伝説

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日本のポップス界のレジェンドだった (c)朝日新聞社

日本のポップス界のレジェンドだった (c)朝日新聞社

 3月1日、ミュージシャンのムッシュかまやつ(本名・釜萢弘[かまやつひろし])さんが、膵臓(すいぞう)がんのため亡くなった。78歳だった。

「おだやかな性格で、怒っている顔や嫌な顔を一度も見たことはありません」

 と振り返るのは、昭和の人気ラジオ番組「セイ!ヤング」のDJで、コラムニストの橋本テツヤさん。

「どの現場でも偉ぶることのない人です」

 かまやつさんの「仏のような」姿勢は、ザ・スパイダースのメンバーに対しても同じだったという。

「決して強い言い方をせず、『ここはこうしたほうがいいんじゃない?』と、優しく引っ張るよう」

 ザ・スパイダースで「バン・バン・バン」「あの時君は若かった」、ソロとしても吉田拓郎さんが作詞作曲した「我が良き友よ」が大ヒット。ドラマ「時間ですよ」などで俳優としても活躍した。音楽的評価も高く、海外のファンも多い。

 若いミュージシャンとの共演も多く、2015年には16歳のギタリストと年の差60歳というバンドでCDデビューも果たした。

「堺(正章)さんや井上(順)さんがテレビの世界を中心に活動する中、ずっと音楽の世界に現役としていてくれた。若い世代の音楽もおもしろがってくれる頼もしい存在でした」

 と悼むのは、ミュージシャン「ホフディラン」の小宮山雄飛さん。かつてかまやつさんの番組にゲスト出演したときのこと。

「僕のこと、ずっと『二階堂さん』って呼ぶんです(笑)。もう一人のメンバーの渡辺(慎)は『佐々木さん』。番組終了までずっとそう呼ばれました」

 間違えたわけではない。

「どんな顔をするか楽しんでいたようです。タモリさんや高田純次さんにも似たところがあるというか、力の入らない笑い、大人の洒落(しゃれ)なんです」

 松任谷由実さんは、「風のように生きるおしゃれを、いつも教えてくれました」とコメントした。前出の橋本さんも、「60~70年代を彷彿(ほうふつ)させる独特の風貌(ふうぼう)で、オシャレでしたよね」と言う。


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