落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「大人買い」。
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小学生の頃の友人・Sくんは裕福な家の一人っ子だったので、子供が欲しがるたいていのオモチャはいち早く手に入れていた。
初期のファミコン、スーパーマリオなどの人気ソフト、超デカのキン肉マン消しゴム、ミニ四駆はもちろん、そのレーシングコース……雑誌もコロコロ、ボンボン、ジャンプ……。バックナンバーから最新号までズラリと並ぶ書棚は圧巻だった。
Sくんはとにかくお婆ちゃん子で、お婆ちゃんもSくんを猫っ可愛がりしていた。月曜の早朝にはお婆ちゃんが近所でジャンプを買ってくる。Sくんが読み終えたそれを、遊びに来た我々庶民が読ませていただく。
羨ましいけど、ひがみはしない。Sくんの家に行けば、ジュースにケーキにゲームにマンガ、我が家にない物が全て出てくるのだから。Sくんの部屋は近所の子供たちのサロンだった。
そんな家の子はスネ夫みたいなヤツに育つはずだが、Sくんはまるでイヤミのない性格で我々にとっては最高の「お旦」。
ある日、いつものようにSくんの家に行くと、珍しくSくんはプリプリと怒っている。矛先はお婆ちゃん。お婆ちゃんは、
「ごめんねぇ、Sぅ。もう買ってこないから。許してねぇ」
と今にも泣きだしそうだった。
「いったいお婆ちゃんは何を買ってきたの?」
と聞くと、Sくんが指で示した先にはビックリマンチョコがギッシリ詰まった、手をつけてない箱が二つ。「ビックリマンの箱買い」だ。
噂には聞いていたが、本当にいるんだ……。夢である。当時の子供にとって夢の出来事といえば、「落合の年俸1億円」か「ビックリマンの箱買い」。
それにしても、なぜSくんは怒っているのか? ビックリマンの箱だぜ。キラキラシールが必ず手に入る。
「だってつまんないよ!」
Sくんは膨れた。
「もらえるもんはもらっとけ」という育ちの私はSくんの意見にはあまり賛同できなかったが、
「あー、この人は思考と生活レベルが我々より3ランクくらい上なんだな」
と改めて思った。
「じゃ、みんな一人五つずつあげる。順番にとって、キラキラと天使が多い人が勝ちね!」
何が勝負かよくわからないし、すでにSくんの圧倒的大差のコールド勝ち状態なのだが、その提案にみんな「あっざーすっ!!」とチョコを手にする。
一人ずつ開封。結果、Sくんはキラキラ2枚、天使2枚、お守り1枚。またまたSくんの圧勝だった。
Sくんはせっかく手に入れたキラキラシールも「あげるよ。また当たる気がするから」と私にくれた。爽やかな笑顔で。
みんな歯の間にウェハースのカスを付けながら、「さようならーっ!」とSくんのお婆ちゃんに手を振ると、お婆ちゃんは「ありがとうねぇ。また来てねぇ」と嬉しそうに微笑んだ。お婆ちゃんの歯にもチョコのカスが付いていた。
結局、何が言いたいかというと……子供の頃に金持ちの友達がいると、けっこういい。
でもSくんが、今、何をしているかはわからない。何してるの、Sくん?
※週刊朝日 2016年12月23日号