蓋を開けてみれば、泡沫候補と言われていたドナルド・トランプ氏が当選した。ジャーナリストの田原総一朗氏は、米国大統領選挙には「根底にイギリスのEU離脱と酷似した要素があった」と指摘する。

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 米国大統領選挙は大接戦の末、ドナルド・トランプ氏が当選した。行政経験のまったくないアウトサイダーのトランプ氏が、オバマ大統領の国務長官も務めたヒラリー・クリントン氏を破ったのである。

 選挙戦が始まった当初は、トランプ氏はいずれ姿を消す泡沫候補だと思われていた。トランプ氏の発言は、メディアからは「暴言」だと厳しい批判を浴びていた。しかも、批判を浴びながら、彼は「暴言」を繰り返した。

「メキシコからの不法移民を阻止するために、メキシコとの国境に万里の長城のような壁をつくる」

 あるいは、「イスラム教徒の入国を一切認めない」とも言った。

 米国は日本や韓国、ドイツなどに多くの軍人を駐留させていて、そのために莫大な費用がかかっている。それらの費用を各国に負担させる。各国がそれを拒めば、駐留軍を全面的に引き揚げるとも言った。

 米国は第2次大戦後、世界の警察の役割を演じてきた。ソ連を中心にした東側との激しい対立、つまり東西冷戦の時代には、米国は西側陣営を守る役割を果たし続け、ソ連が崩壊して冷戦が終わると、世界各地の民族紛争を抑えるなど、文字どおり、警察官の役割を果たしてきた。だがアフガン戦争、そして特にイラク戦争は誤りだと世界から非難され、米国国内でも批判が高まって、そのためにイラク戦争に反対したオバマが、黒人として初の大統領になったのであった。

 そして、オバマ大統領は「世界の警察をやめる」と宣言した。

 だが、トランプ氏に言わせると、シリアやイラクの内乱にも、ウクライナ問題にも介入していて、中国、北朝鮮に対抗するために日本や韓国、そしてフィリピンにも軍隊を派遣している。つまり「世界の警察」をやめておらず、そのために莫大な費用がかかり、少なからぬ軍人の生命も失われている。だから、本当に「世界の警察」をやめて、米国の利益第一主義に徹する、というのである。従来のあり方を徹底的に変える、ということだ。

 
 トランプ氏の大統領当選は、根底にイギリスのEU離脱と酷似した要素があった。

 欧州は2度の世界大戦で戦場となり、おびただしい数の市民が犠牲になった。こうした戦争を一切なくすため欧州を一つの国のようにするという理想が、EUの形成につながった。どの国に行くのもビザは不要とし、貿易に対する関税もなくした。さらに豊かな国が貧しい者を援助することになった。だがそのせいで、貧しい東欧の国の人々が100万人以上もイギリスにやってきて、結果として仕事を奪った。しかも他国のために金を出さなければならない。これに我慢できなくなった英国人たちが、EU離脱に票を投じたのだ。追い詰められた英国人たちは、理想を追うゆとりをなくしたのである。

 米国人たちの多くも、大きな格差の上にいる階層、いわばエスタブリッシュメントたちが言い立てるグローバリズムに強い反感を持っていた。だからその一員であるヒラリー・クリントン氏に反発し、従来のあり方を徹底的に変えて米国の利益第一主義にするというトランプ氏に票を投じたのである。米国のマスメディアもいわばエスタブリッシュメントの一員だからクリントン氏に同調したが、エスタブリッシュメントに反発する多くの国民に裏切られたわけだ。

週刊朝日 2016年11月25日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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