ミッツ・マングローブ「究極の顔勝ち男・星野源」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「究極の顔勝ち男・星野源」

連載「アイドルを性せ!」

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「やはり『顔面』以上に情報が詰まっている場所はありません」(ミッツ氏) (※写真はイメージ)

「やはり『顔面』以上に情報が詰まっている場所はありません」(ミッツ氏) (※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「星野源」を取り上げる。

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 この連載を始めてから、毎週誰かの似顔絵を描いています。手本もモデルもなく「鳥を描け」と言われたら、脚を4本付けてしまう自信があるぐらい、絵心は皆無の私ですが、どうやら絵画と似顔絵は似て非なるものらしく、人の顔の「強調したい」と思うパーツや表情を絵にする行為は、物真似やデフォルメ・メイクをしているような感覚です。そもそも女装も、自分の顔を使って、なりたい顔の似顔絵を描いているようなものですし。

 スタイルやキャラも大事ですが、やはり『顔面』以上に情報が詰まっている場所はありません。特に芸能人のような人気商売にとって、『顔』は最大の売り物。才能や技術といった要素も、最終的には『顔とのバランス』によって、捉えられ方が変わってきます。要するに人気者のほとんどは、『顔』相応の売れ方をしているのです。

 美醜を問わず、数多の『顔力』を持つ逸材の中でも、今はとにかく星野源から目が離せません。歌がいい。演技がいい。お喋りがいい。雰囲気がいい。人気の理由は様々ですが、そこまで熱烈なファンではない私からすると、彼ほど『顔』がすべてのバランスを取っている人はいないのではというくらい、顔の存在感が絶妙です。好きとか嫌いは別にして。薄いようで、パーツそれぞれの主張は怠っていない上、年齢不詳な質感。明るいんだか暗いんだか、天使なのか悪魔なのか判別できない表情。不器用そうに見えて、どこか揺るぎない自信に満ち溢れた佇まい。すべてひっくるめて、人はそれを魅力と呼ぶのでしょうが、そんなつまらない言葉では片付けたくないくらい、底知れぬタチの悪さが後を引くのです。何度か唄う姿を拝見しましたが、「こんばんは! 星野源です!」と高らかに叫ぶ声に、「え? あの演歌の大先生が、何故Mステに!?」と混乱したのを覚えています。瞬時に星野哲郎と弦哲也を足して二で割った私の感性に乾杯です。


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