エルトン・ジョン「引退するつもりはない 仕事が楽しくてしょうがないからね」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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エルトン・ジョン「引退するつもりはない 仕事が楽しくてしょうがないからね」

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 1969年のデビュー以来、多数の大ヒットを飛ばし、2億5千万枚のアルバムセールスを記録した世界最大級の天才ロック・アーティスト、エルトン・ジョン。2015年11月には、8年ぶりの来日公演を行うなど、今も現役で走り続ける68歳に、その秘訣を聞いた。

──多くのヒットを飛ばしていますが、思い出深いエピソードはありますか?

『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』が出た頃はアルバムを6カ月おきくらいに出していたよ。次のアルバム『カリブ』をレコーディングしているとき、すでに『イエロー・ブリック・ロード』から2枚のシングルがカットされていた。その際、レコード会社の人に「ベニー&ザ・ジェッツ」を次のシングルにすべきだと言われたんだ。僕は大反対して「キャンドル・イン・ザ・ウインド」がベターと言った。するとレコード会社の人が「ベニー~」はデトロイトの黒人ラジオ局ですでにナンバー1なんだよと教えてくれてね。それを聞いてびっくりしたよ。即、僕の気持ちは変わり、「ベニー~」でいこうと答えたよ。今でもあの曲がシングルになりえるのか理解できないのが本音だよ。この曲が僕にとって初の黒人ラジオ局ナンバー1を取ったんだ。他に「フィラデルフィア・フリーダム」「ママ・キャント・バイ・ユー・ラヴ」が黒人ラジオ局でナンバー1になって嬉しかったな。R&Bチャートで3枚のナンバー1を出したんだ。ロンドン郊外出身の白人の僕が。なかなか良い線いってると我ながら思うな(笑)。「ソウル・トレイン」に出演できて感激もした。黒人音楽を聴いて育った僕にとっては大きな意味を持っていたんだ。

──これまで私生活ではゴシップが絶えることがありませんでしたが、現在は同性結婚し、養子を2人もらってパパに。海外に幾つか家をお持ちですが、お子さんが学校に通うようになり、最近は海外よりもイギリスで過ごしたいと考えているそうですね。


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