戦場のような学校、愛犬も供出 子供たちが体験した戦争 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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戦場のような学校、愛犬も供出 子供たちが体験した戦争

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週刊朝日#戦後70年
学校は、まるで戦場だった(※イメージ)

学校は、まるで戦場だった(※イメージ)

「自宅で飼っていたブルドッグと土佐犬も、連れていかれました」(前出の下村さん)

 栃木県栃木市に自宅のあった手束(てづか)のり子さん(87)は、終戦の半年前に愛犬を供出した。前年には召集令状を受けて40代の父親が出征。そしてまた、10年間家族同然に育てたタローが連れていかれる。貧しいながらも、精いっぱいのごちそうを作り、のり子さんの母が筆で、「出征犬タロー」と書いたたすきを作り、愛犬に掛けて送り出した。

「毛皮は寒い戦地の兵隊さんの衣服に、肉は食用にされるとのうわさでした」

 翌日、どうやって逃げたのかタローが家に戻ってきた。大喜びで迎えたものの、近所から通報があったのか、再び供出せよとの通告を受けた。

「終戦後にたくさんの人から、あちこちの河原に、犬の死骸が山積みにされていたと聞きました。お役にも立てないまま、愛犬たちは、文字どおり犬死にしたのでしょうか」(のり子さん)

 子供も軍のために働いた。

 昭和19年に旧制中学を卒業した川上正英さん(87)は、大分市にある大分経済専門学校へ進んだ。1学期終了後に、学徒勤労動員で福岡県大牟田市にある三池染料工業所へ行くことになった。本来は染料工場だが主に爆薬の生産を行う軍需工場になっていた。染料は、陸軍の軍服や国民服に用いるカーキ色の国防色のみ生産が許されていた。

「染料の真っ黒な微粉が毛穴にしみ込み、体中が黒ずみました」(川上さん)

週刊朝日 2015年8月21日号より抜粋


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