――世界を縦横無尽に駆け巡る人気作家・椎名誠と、チベット関連の著作を多く持つ妻・渡辺一枝。初めて2人で取材を受けるせいなのか、無敵に思えるシーナさんも、この日は少しキンチョー気味に見えた。

夫「出会いは20歳のころ。いま弁護士やっている木村晋介が連れてきたんだ。そのころ僕らは男4人で6畳一間のアパートで意味なく共同生活していてね」

妻「私は木村さんと同じ杉並の高校で、彼が生徒会長で私が副会長だった」

夫「そのころ、僕は千葉の高校で番長やっていたからね。同じ“長”でも雲泥の差。しっかりした人だなあと思った」

妻「この人はあのころから常にグループというか男たちの“かたまり”をつくっていたのね」

夫「ぶっはっは。ウルセー」

妻「そのかたまりのなかで椎名を選んだのは……なぜでしょうねえ。若気の過ちかもしれない」

夫「ウルセー(笑)。」

――身長153センチと小柄な妻だが、中学では山岳同好会、高校では山岳部だった。

夫「この人“ヤマンバ”ってあだ名だったんですよ。あと“チベット”。そのころからチベットに憧れてた」

妻「山が好きだったんです。だからいろんな話をするうちに話が合ったのね」

夫「スウェン・ヘディンの『さまよえる湖』をこの人は知っていたんです。しかも僕よりずっと詳しい。僕は白水社の『西域探検紀行全集』を読んでいたんだけど、彼女はそれを全集で持っていた。びっくり仰天して、感動したなあ」

妻「ほかの人はあんまりそういう冒険・探検話に乗ってこなかったものね」

夫「でもこの人は本当に変わった人でね。例えば文学全集の箱をいきなりバンバン捨てちゃうんだ。『なんで?』って聞くと、『邪魔だから』。確かにそれで10センチくらいの隙間はできるけどさ。北里大学に行っているころで、通学定期券をやたらと大きなクリアファイルに入れていて『なんで?』って聞くと、『これならなくさないから』。そんな人、見たことなかった」

妻「本棚にノコギリで穴を開けちゃったりね」

夫「コードを通したいからだって。ばかげて大胆なところがあるんですよ。だから副会長と番長でも話が合ったのかなあ。付き合ったころは、君が銀座の甘味屋『若松』でアルバイトしてて、俺がアルバイト先の小伝馬町から都電で銀座に行ってた」

妻「下駄履いてきたのよね。氷スイカを出してあげた」

夫「彼女の小平の家にしょっちゅう行って、ごはんを食べさせてもらっていた。彼女は一人娘で、お父さんは彼女が0歳のときに外地で亡くなっているんです。だからお母さんのふみさんはすごく彼女を大事にしていた。本音ではふみさん、あのころ僕を見て『困ったなあ』と思っていたと思う。俺、野良犬みたいなもんだったもんね。おいしいエサもらって、懐いちゃって」

妻「ふみさんに聞いてみたかったね」

夫「当時、隣の家の女の子が俺に『おじさん、一枝さんと結婚しないの?』って聞きに来たんだよ」

妻「ホント?」

夫「あれはね、ふみさんが言い含めたんだと思うよ。そんな気配を俺は感じた。だから俺もまんざらダメではなかったのかも」

妻「あははは」

夫「あれで『そうか、結婚というものを考えなきゃいかんのか』って思ったんだ」

(聞き手・中村千晶)

週刊朝日  2015年1月2-9日号より抜粋