景気回復は叶わず、批判の相次ぐ「アベノミクス」。しかし、コラムニストの小田嶋隆氏は、「成功」しているという。皮肉の効いた小田嶋氏の「成功」とは?

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 私は、アベノミクスは大成功していると思っています。というのも、アベノミクスという言葉は、安倍政権が掲げるたくさんの経済政策をブラックボックス化して、ひとくくりにしてしまった。そのことで、安倍さんには大きな政治的効果があったはずです。

 アベノミクスにはたくさんの経済政策があります。個々の政策を見れば、経済学者の間でも意見が分かれている。一人の学者のなかでインフレターゲットは賛成だけど、消費増税には反対の人もいる。なのに、アベノミクスという言葉は経済政策を「総称」として表現しているだけ。レストランのメニューにある「シェフの気まぐれサラダ」みたいなもので、名前からは、メニューの中身はわからないのです。

 誤解なきよう申し上げると、私はアベノミクスが「経済政策として成功している」と言いたいのではありません。それ以前の問題として、個々の政策が国民の生活にどんな負の影響を与えるのかを隠す「経済隠蔽(いんぺい)用語」として機能しているということです。

 農業政策も同じです。農業保護を手厚くしすぎると、都市住民のなかには「税金を田舎に吸い取られている」と感じる人が出てくる。一方、天候リスクの大きい農産物は、ただ安ければいいわけではありません。企業であれば四半期で利益を出すための経営計画はありえますが、農業の場合は地域経済や環境保全のことも考えて100年先を視野に入れて行動しなければなりません。市場経済にすべてを任せることはできないのです。

 あらゆる政策は「あっちが立てば、こっちが立たない」というトレードオフの関係です。だからこそ、今の日本でどんな農業政策が最適なのかは、国民の間で議論されなければなりません。

 ところが、アベノミクスはそれを目的としていない。「農業・農村所得倍増」といった薄っぺらいキャッチフレーズを連呼する。これは、野球マンガの主人公が「大リーグボール!!」と叫びながら必殺技の魔球を投げ込んでいるようなもの。何だかスゴイ技で、難題をすべて解決してくれるかのように聞こえてしまう。これは国民が政策の選択をするための情報発信をしているわけではないのです。

 だから、アベノミクスという言葉を使うことは、もうやめた方がいい。特にメディアがこの言葉を使うことは注意が必要です。雑誌の企画でいくら安倍さんの経済政策を批判しても、そこでアベノミクスという言葉があれば意味がない。キャッチフレーズに安倍さんの名前が入っていることで、「安倍さんは強いリーダーシップを持っている」と国民に印象づけるだけ。それは、自分自身が政府の御用聞きに成り下がったことを意味するのです。

週刊朝日  2014年11月7日号