日本人選手の“ぶっちぎり”が見てみたい!(写真は洛南高の桐生選手) (c)朝日新聞社 @@写禁
日本人選手の“ぶっちぎり”が見てみたい!(写真は洛南高の桐生選手) (c)朝日新聞社 @@写禁

 8月10日開幕した世界陸上モスクワ大会。初日、男子100メートル予選が行われたが、日本人2選手は準決勝にも進めなかった。日本人が短距離で世界の表彰台に立つ…そんな夢を、東京大学大学院総合文化研究科教授の深代千之氏(58)は「夢ではありません」と語る。

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 現在、陸上の短距離はジャマイカや米国の独壇場ですが、2030年には100メートル9秒台の「ドア」を開ける日本人選手が続々と現れるでしょう。五輪の個人種目で表彰台に立つことも夢ではありません。

 その飛躍を支える一つが、運動の仕組みを力学的に分析する「バイオメカニクス」です。日本の研究水準は世界トップクラス。確実に日本全体のレベルを上げており、現在すでに国対抗の400メートルリレーでは、ジャマイカ、米国に次ぐ世界3位の実力をつけています。

 意外かもしれませんが、速く走るための理論がわかってきたのは、ここ20年の話です。

 幼いころ、体育の授業で「ももを高く上げる」とか「腕を大きく振る」などと指導された方も多いでしょう。しかしそれは、たまたま足が速い人の動きの「まね」にすぎず、科学的根拠に乏しい指導でした。

 では、本当に速く走るためにはどうすればいいか。一言で言うと「股関節で走ること」。股関節を中心に脚をムチのように回すのです。そのためには、ももを上げる腸腰筋(ちょうようきん)、ももを下ろす大臀筋(だいでんきん)やハムストリングスを鍛えなければなりません。

 逆に、ひざから下の下腿(かたい)は軽いほうが速く動けるので、あまり太く鍛えない。こうしたバイオメカニクスの理論を、選手やコーチと話し合い、これまで少しずつ形にしてきました。

 さらなるシミュレーションの研究も進めています。あるアスリートの全身をMRI(磁気共鳴断層撮影装置)で調べ、そのデータをコンピューターに入力すると、どの筋肉をどのくらい鍛え、どの動きを改善すれば最も優れたパフォーマンスが実現するのかを推定できるというものです。

 すでに「垂直跳び」では、「この部分の筋肉量を何%増やせば何センチ高く跳べる」と、その人が最も高く跳ぶための道筋をシミュレーションできます。残念ながら「走り」ではまだ実現していませんが、いずれ研究が進み、日本人は未到の領域へ到達できるはずです。

 また、ウサイン・ボルト選手のように体が大きくないと勝てないというのは誤解です。「スケール効果」といって、背が高くなると、動きを維持するのにたくさんの筋肉量が必要になるからです。身長170センチ台の桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手(洛南高)や山縣(やまがた)亮太選手(慶大)も十分に世界と渡り合えます。

 スポーツの進化は人の体が基本ですから、ITのように急激にはいきません。しかし、研究を進めることで、一歩一歩確実に進化を遂げているのです。

週刊朝日 2013年8月30日号