「結局、『水谷マネー』を隠そうとしたのが虚偽記載の動機になっていますが、まったくのこじつけ。胆沢ダム工事前後に政治資金報告書に『4億円』を記載したらマスコミに『水谷マネー』を追及されると恐れて時期をズラしたとしています。でも、まともなマスコミであれば、公共工事を巡る裏ガネ疑惑など余程の根拠がなければ報道できないことは、当のマスコミの人たちがいちばんよく知っていることでしょう。大久保氏と池田氏の『共謀』に至っては、推論を超えて、"どうせ暴力団みたいなもんだから、あいつらつるんでるだろう"と思い込みで認定しているに等しい。刑事裁判史上に残る『画期的判決』だと思いますよ」

 いったい、なぜこんな判決が生まれてしまったのか。横浜地裁判事だった経験もある井上薫弁護士が、こう指摘する。

「衆目を集めている裁判だと、ウケを狙って筆がすべってしまう人がいるんですよね。後世のために、などと訓示をたれるのが好きな人が。一方、ふつうの裁判官は10年か20年に一度しか無罪判決なんて書かない。裁判官といえども一介の公務員であり、その人事評価は『減点主義』です。もし無罪を書いて高裁などでひっくり返ったら大減点。前例尊重で思い切った判決なんて書かないほうが出世するんです。だから、思い切った判決を書くときは、意外と定年間近の裁判長はひょうひょうとしていて、『自分は先があるのに』と渋るのは右陪席です」

 今回の登石郁朗裁判長(57)は1985年に裁判官に任官し、06年から東京地裁の部総括判事を務めている。「エリートコースを歩み、手堅い」(裁判所関係者)との評がある一方、「官僚的で上ばかり見ている」(別の関係者)とも言われる。

 一方、裁判長の右腕といわれる右陪席は市川太志裁判官(49)。91年に任官し、札幌高裁判事などを経て08年から東京地裁判事になった。こちらは「将来を嘱望されるエース級」(同前)と言われる。

 今回の判決において2人がどのような相談をしたのか知る由もないが、無罪判決の難しさについては、先の宗像弁護士もこう語る。

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