二十四節気を眺めてみると「雨」がつくのは初春の「雨水」と晩春の「穀雨」だけ。その他の季節に雨はないのか、とみてみると秋は「露」と「霜」冬は「雪」と季節ごとに形を変えて表れます。やはり雨は一年を通して日本の季節には欠かせませんね。おや、梅雨こそ一番雨が多いときでは? と疑問がわきます。梅雨を表す五月雨(さみだれ)月は新暦では6月。二十四節気では「芒種」となっており、雨よりも穀物の種を蒔く方に焦点が当てられているのがわかります。はなやかに季節をいろどる春の終わりにふる雨は春ならではの意味がありそうです。春の雨で季節はどのように変わっていくのでしょうか、一緒にみてまいりましょう。

晩春の雨「穀雨」とは百穀、数多くの穀物を潤す雨のこと

『暦便覧』で「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されます。百穀とは私たち人類が主食としてきた米、麦、粟、稗、黍、豆などの穀物類をいいます。地域によっては芋類ということもあるでしょう。春になって命を繋ぐ穀物をまず思う気持ちはよくわかります。百穀とまでは欲張らず「五穀豊穣」が私たちには馴染みのことばですね。

春になって降るあたたかな雨がこれからの田畑にとっていかに大事であるかに思いが至ります。ひと雨ごとに大地に芽吹いた双葉や、木の芽の輝きがしだいに緑を深め大きくなっていく姿が、私たちの目にもあきらかにわかる時節です。

お米を作っている方のお話では、雨の時には雨の時の仕事があり、目の前の仕事をていねいに行うことで、どのような環境が来ても慌てることはない、とのことでした。自然と向き合うお仕事を長年続けられた地に足のついた手堅いことばは、職業が違えど誰の心にも響く説得力があり、大切にしたいと思いました。

秋の実りに向かう春の雨、まだまだ冷たいですが恵みの雨とよろこんでまいりましょう。

参考:気象庁ホームページ、各種データ資料は下記リンクにて

粟の穂のみのり
粟の穂のみのり

「花の雨」や「花時雨」と風情のある雨もあります

「花」といえば桜をさしますから「花時の雨」といえば桜が咲く頃、または満開の桜に降りそそぐ雨となります。桜には「桜雨」や「桜流し」といった名前がついている雨もあります。「花吹雪」「花冷え」の表現があるようにまだ桜の時季は空気も冷たく、風も吹き雨も降るという変化の激しいときでもあります。春の雨でもっとも有名なのは「春霖」でしょうか。しとしとと降り続く長雨です。次の歌ももしかしたらこんな雨の時に読まれたのかしら、と想像してしまいました。

「春雨の花の枝より流れこばなほこそ濡れめ香もやうつると」 藤原敏行朝臣

流れ来るほどの雨のしずくに濡れて花の香りをわが身に移したい、とはどのような天候であっても桜の花の風情を楽しむ桜花への思いが伝わってきます。

春は次々と花が開きます。ハナミズキ、キンポウゲ、カタバミなど身近な場所に咲く小さな花を見つけると、その愛らしさにフッと心が癒されます。いっぽうで百花の王ともいわれる「牡丹」もまた花の時を迎え堂々とした咲きぶりに多くの人が魅了されます。小さな花も大きな花もたっぷりと降りそそぐ春の雨に育てられているのだとあらためて気づかされます。

参考:

倉嶋厚・原田稔編著『雨のことば辞典』講談社学術文庫

牡丹の花
牡丹の花

たっぷりと春の雨がそそがれて始まるのは?

木々の葉の色に力が宿り始めると、立春から数えて88日目、八十八夜を迎えます。一番茶を摘むのがこの頃で、春から初夏へと季節も移ります。毎年この一番茶を楽しみにしていらっしゃる方も多いことでしょう。

「新茶の封切つてこの世へ移しけり」 水田光雄

新茶に対する厳かな気持ちが「この世へ移しけり」に表れています。封を切ったばかりのお茶の香りそして味はどうでしたか、と聞いてみたい気持ちになりました。

「素跣(すはだし)の新茶売や宵の雨」 寺田寅彦

できあがったばかりの新茶をいち早く届けたい気持ちが、雨にもかかわらず「素はだし」というところに感じられます。寅彦先生もきっと時をおかずに味わったことでしょう。

コーヒーを飲む習慣が日常生活にすっかり浸透しているこの頃です。「お茶はペットボトル」という方、確かにペットボトルのお茶は美味しいです。ですが、せっかくの一番茶が味わえるチャンスを逃すのももったいない。お湯を沸かし適温に冷まして急須でいれてお茶を楽しむ、というのはいかがでしょうか? 春の雨をたっぷり吸った瑞々しい茶葉はまさに時の香りと味わい。逃さず季節をとらえてみませんか?

春の雨「穀雨」はやって来る夏のエネルギーへ、大きな力となっていっています。