「動力に燃料が不要で、天候に左右されないところ。実用化されれば、安定してエネルギーをつくり出すことができます」

 再生可能エネルギーの代表格、太陽光と風力は天候に左右されるという弱点を持っている。たとえば、風力発電の場合、1週間先の風速を予測することは不可能だ。しかし、潮流ならば、1年先の流速さえほぼ正確に予測することができるという。時刻や寒暖の差による流速の変化や向きの違いはあるものの、それはすべて計算通りになる。

 潮流発電にはほかに、プロペラ式のものがあるが、これは、海の生物を傷つける危険性がある。振り子式ではその恐れが少なく、それ以上に海洋生物が生きていく環境を改善することもできるという。「海中に振り子を設置すると、水中を撹拌することができます。これが何を意味するかというと、かき混ぜることによって、ヘドロを巻き上げたり、栄養塩を循環させたりする効果があります。つまり、海底にたまっている栄養分を上に上げることで、プランクトンが肥えて、魚が育つよい環境が生まれるのです」

 瀬戸内海は、国内屈指の漁場。魚にやさしいシステムは、漁業関係者にとってもメリットがある。比江島准教授は将来、振り子式潮流発電を設置することが、漁業に不可欠なものとして全国に広まっていくことも期待している。

 さらに、ハイドロヴィーナスには送電ロスが抑えられるというメリットもある。たとえば海流発電の場合、発電量を増やすためには発電装置を沖に設置しなければいけないが、海流発電に比べ、より陸地近くに置けるので、送電も楽に行えるのだ。

 比江島准教授は、これからの再生可能エネルギーは、「ローカル電源であるべき」と話す。たとえば、大きな風車が山の上に立っている風景を見るが、これは人里離れたところで巨大な電力をつくり、都市まで運ぶことが前提になっているシステム。それよりも、発電量はそれほど多くなくとも、安定供給できるシステムをつくり、その土地に住む人間がそのエネルギーを消費する。つまり、エネルギーの分野においても、これからは“地産地消”が理想だと氏は考えているのである。

 一時、三井造船や鹿島といった大企業との連携も模索していたが、現在は、独自に会社を設立する準備を進めている。社名はずばり「株式会社ハイドロヴィーナス」。鹿児島県長島町などで実用化に向けた話し合いがなされ、海外での実証実験の計画も持ち上がっているという。先述した栄養塩の撹拌効果など、漁業に役立つ技術となる可能性もさらに追及し、潮流発電に興味をもった企業だけでなく、漁業関係者ともパートナーシップを築きたいとの思いがある。また、まだ一般的にはなじみの薄い潮流発電の仕組みを知ってもらうために、河川などの流水環境に実験装置を設置。身近なところでのリアルな発電を見てもらうことで、ファンを増やしていきたいとも考えている。准教授が長年あたためてきた、人と自然が共存する海域での「里海エネルギー構想」が現実となる日もそう遠くはなさそうだ。

 さらに、比江島准教授は、「やはり将来的には瀬戸内海にハイドロヴィーナスを設置したい」と話す。瀬戸内海の大小それぞれの島が電源をもち、自分の島のエネルギーは自分の島でまかなえるようになるというのが理想の姿だという。

 岡山で誕生したハイドロヴィーナスは、瀬戸内海の島々に新しい可能性をもたらしてくれるだろうか。

●比江島慎二(ひえじま・しんじ)
岡山大学大学院 環境生命科学研究科 准教授。
1967年、山口県岩国市生まれ。地元の錦帯橋を見て育ち,その力学的な美しさに惹かれ構造物に興味をもつ。東京大学大学院工学系研究科 土木工学専攻博士課程で学び、工学博士に。振動学、耐風工学の研究を続け、最近は,特に潮流発電や風力発電など,水流や気流を利用した再生可能エネルギーの研究に取り組んでいる。