『モア・ミュージック・フロム・カーネギー・ホール』マイルス・デイヴィス
『モア・ミュージック・フロム・カーネギー・ホール』マイルス・デイヴィス

 マイルス・デイヴィスとギル・エヴァンス・オーケストラがニューヨークのカーネギー・ホールで同じステージに立つ! しかも何曲かは共演も予定されている! このニュースを聞いて、なにがなんでもライヴ・レコーディングしなければと思うのが「正しいプロデューサー」というものだろう。

 プロデューサー、テオ・マセロはマイルスに、1961年5月19日(マイルス35回目の誕生日の1週間前)、ニューヨークのカーネギー・ホールで行なわれる世紀のコンサートのライヴ・レコーディングを申し入れる。ところがマイルスは「それはそうかもしれないが」と、つれない返事。聞けば「今度のコンサートでは新曲を演奏するつもりはない。演奏する曲は、わざわざライヴ・レコーディングしなくたって全部レコードに入っているじゃないか」。うーむ、じつにマイルス的で潔い。しかし「それではあまりにももったいない」と思ったテオ・マセロは、会場備え付きの機材を使ってテープを回し、後日テープを聴いたマイルスが「へえ、こんなに良かったのか」とアルバム化が実現した。

 この歴史的なコンサートからは、最初に『アット・カーネギー・ホール』が発売された(62年)。必ずしもマイルスの傑作・名盤ランキングの上位にくるものではないが(傑作・名盤が多すぎることが原因)、ハンク・モブレー(テナー・サックス)がいた時代のクインテットの最後のセッションとして軽視することはできない。いや、これも傑作・名盤なのだ。そして25年後の1987年に「初登場未発表演奏」として登場したのが、この『モア・ミュージック・フロム・カーネギー・ホール』ということになる。

 最大の話題は、ギル・エヴァンス編曲指揮のオーケストラと共演した《アランフェス協奏曲》だろう。マイルスとギルが残した名盤『スケッチ・オブ・スペイン』(59年11月、60年3月録音)を代表する名曲の貴重なライヴ・ヴァージョンが、このアルバムでは聴くことができる。ちなみにテオ・マセロがこの演奏を『アット・カーネギー・ホール』の収録候補曲のリストにさえ入れなかったのは、発売時期が『スケッチ・オブ・スペイン』と近接していたことによる。

 この日のコンサートでは、《アランフェス協奏曲》が最後に演奏された。それだけ『スケッチ・オブ・スペイン』が「新作」として売れていたということだろう。演奏時間は、スタジオ録音のオリジナル・ヴァージョンとほとんど変わらず(約17分)、生身のマイルスとギルがその場で演奏しているという事実だけで感慨も深く、感動してしまう。この大曲をまるでジャズのスタンダード・ナンバーのように捉えているところに、マイルスとギルの天才性を強く感じる。こういうことを「異常なる日常性」というのかもしれない。

 純粋なジャズとしてのハイライトは、アルバムの終盤に収録されたクインテットだけの3曲だろう。いや3連発といったほうがふさわしい。まず《テオ》がスパニッシュ・フィーリングたっぷりに演奏される。これは『スケッチ・オブ・スペイン』の世界観を楽曲単位に凝縮したものと考えていい。そして興奮の満ち潮を全身で浴びているまさにそのとき、あの《ウォーキン》が高波のように襲いかかってくる。ここでクインテットはいっきに爆発・炎上モードに入る。ウィントン・ケリーのそれはそれは凛々しくスウィングすること! 後半に登場するマイルスとジミー・コブのガチンコ勝負は火花が飛び散っている。

 ハンク・モブレー時代のマイルスのクインテットは、スケール感に乏しいと言われる。それはそのとおりかもしれない。しかしその「大きな小ささ」あるいは「手ごろな大きさと重量」が、じつに「ジャズ」に似合っていた。そこに魅力があると思う。「そうかなあ?」と疑いの目を向けている人は、虚心坦懐に2枚のカーネギー・ライヴを聴いてほしい。ほら、すごいでしょ?[次回9/16(火)更新予定]