水野美紀さん／俳優。ドラマ・映画・舞台で活躍中。＜出演情報＞　NHK 連続テレビ小説「スカーレット」に出演中（NHK総合　月曜～土曜　朝8:00～）。レギュラー番組　讀賣テレビ「水野美紀の映画生活（シネマライフ）」毎週金曜22：54～＜関西ローカル＞ http://www.ytv.co.jp/cinemalife/ イラスト：唐橋充 　42歳での電撃結婚。そして伝説の高齢出産から2年。母として、女優として、ますますパワーアップした水野美紀さんの連載「子育て女優の繁忙記『続・余力ゼロで生きてます』」。今回は戯曲の執筆作業について。作業が遅々として進まない原因とは？ ＊　　＊　　＊ 　舞台の脚本を書いている。 　劇作はこれで6本目。 　結婚前には空いた時間でとにかく戯曲や劇作指南本を片っ端から読んで、多いときには週5本芝居を見ながら指折り場数を数えて見終わるとノートにタイムと構成を書き出したりした。 　アラバールの「戦場のピクニック」を現代にアレンジして構成を崩さずに書いてみたり、別役実さんの講義が書かれた本にそって課題をやってみたり。演劇の歴史を遡ってみたり。 　リアリズム、叙事詩、自然主義、ロマン主義。 　過去、たくさんの作家達が、自分の周りの世界がどのように機能しているかについて、その問題点を、分析して、自分が掴み取った感覚を観客に提示しようと試行錯誤した歴史がある。 　有名な戯曲の数々は、その作家が歩んだ人生と時代背景を結びつけて読み解くと一気に理解が深まる。 「問題には原因が必ずある」 「変化を起こす事は可能だ」 　という世界を提示した人がいれば、 「原因を探る事は可能だが、解決は不可能だ」 　という世界を書いた人がいて、 「人間は常にぐるぐる同じ場所を旅しているだけだ」 　という演劇を生み出した人もいる。 　この人は、戦争を経験し、通り魔に刺されて命を落としかけたという経験を持つ。 　世界はどういう仕組みでできているのか、人々は何を信じ、何を手掛かりに生きればより良い人生を歩む事ができるのか。数多の作家たちが、時代を超えて、作品を通したメッセージを残している。 　3.11のショックは大きかった。 　これまで、なだらかに地続きに人生が続いていくというビジョンを何となく持っていたのだが、人生は、ある日、ある瞬間に劇的に変わってしまうのだという事実を突きつけられた。 　先日も過去最強といわれる台風19号が日本列島を直撃した。 　地震、台風という大きな自然災害に対して、我々一人一人は無力だ。 　私が現代を生きていてかんじるのは、危うさ。そして希薄さ。 　今手にしているものが、明日全て失われるかもしれない。 　今信じているものは、明日くつがえるかもしれない。 　今、 「夢は必ず叶う」 「信じて努力すれば報われる」 　なんていうテーマの物語を見ても、どこか白々しく響いてくるだろうと思う。 　そんな事を考えたり考えないでちびの世話に時間を割かれたりしながら、筆を進めようとして私がぶち当たった私の人生の真理の一つがこれだ。 「結局パソコンに時間を食われてはいないか？」 　戯曲を書き出そうとパソコンに向かうも、前回書いたのはもう2年以上前なので書式を覚えていない。 　最近はタブレットで原稿を書いているので、戯曲もタブレットで書いてみようとしてもフォーマットがない。そのため、一から調べて縦書きの書式に対応したアプリをいくつかダウンロードして、さらにフォーマットを入力して、と手間がかかる。 　子育てしながらの執筆はものすごく時間が限られるので1秒たりとも無駄にしたくないのに、パソコンで打ち込む方が手書きよりも早いと信じて疑わずに使っているのに、一向に書き始められない！ 　フォーマットを整えてようやく書き始めるまでに一体何時間無駄にしてしまったか……。 　そしてようやく書き始めても、行揃えなどの変換に戸惑う戸惑う。 　あげくに保存がうまくできずに4時間使って書き進めた部分が消えてしまい、それをなんとか取り戻せないかとあちこちいじって試行錯誤するのにまた4時間使って。 　打ち合わせのためにプリントアウトしようとするもプリントスマッシュを落としてそこにファイルを移してコンビニで操作して無事プリントアウトするまでに2時間を要し！ 「シンプルに原稿用紙に手書きの方がもう早くね！！！？？」 　とブチギレそうになり。 　使い慣れてさえいれば全く問題ないのだろうと分かっている。 　だから早く使い慣れようと気持ちが焦るがトラブルに次ぐトラブル。 　失われた文書は戻っては来ない。 　やっぱりタブレットじゃむり！ 　と、近所の家電量販店にチャリで走り、ノートパソコンを購入、帰宅して急いでセットアップ。 　またアプリを落としてフォーマットを整える。 　そして結局はそのパソコンで書き進めている。 　世界は複雑。人生は複雑だ。 　私の人生を便利にしてくれるはずのパソコンは、しばらく関係を絶っていたことにより私の人生を複雑化するアイテムになっていた。 　でも、過去、うまく付き合っていた時の記憶があるから、さよならするなんてできない。 　だけど、データで保存しているという存在の危うさ。 　もしかしたら明日、全てを失っているかもしれないのだ。 　そんな、実存の危うさと戦いながら、パソコンに歩み寄ろうと奮闘する日々を送っている。 　まだ一向に書き進められていない。 　たすけて。 【書籍『水野美紀の子育て奮闘記　余力ゼロで生きてます。』発売のお知らせ】 『水野美紀の子育て奮闘記　余力ゼロで生きてます。』をご愛読くださり、ありがとうございます。たくさんの皆さまから本連載への反響の声、ご要望をいただきまして、書籍化することとなりました。11月20日発売です。★Amazonで予約受付中！