昨年の文藝賞を受賞した宇佐見りんの『かか』が、今年の三島由紀夫賞に選ばれたと知り、私はほぼ1年ぶりに同作を読み直した。テーマは、タイトルが暗示するように母娘の愛憎と知っている。登場人物の特徴も、ストーリーも、よく覚えている。それでも、私は冒頭からすぐに引きこまれた。

 自身を「うーちゃん」と呼ぶ19歳の浪人生が語り部なのだが、彼女は母親「かか」の奇妙な言葉遣い(かか弁)の影響を受け、いくつかの方言がまざりあったような言葉で語りつづける。聞き手は弟の「みっくん」だ。

 離婚を機に徐々に精神を病んでしまったかかは、酒を飲んでは暴れるようになる。同居する祖父母や従姉はまともに相手にしないが、うーちゃんは代わりに家事を担い、かかの苦しみや痛みを自分のこととして受け入れる。とはいえ、悲しみや不満はどうしても溢れてしまうから、SNS内でささやかな発散をする。しかし、かかが子宮の摘出手術を受ける前日、うーちゃんは一人、野へ旅立つ……うーちゃんの語りは、弟に迷惑をかけると知りながら熊野へ行った理由を伝えるためだった。

<みっくん、うーちゃんはね、かかを産みたかった。かかをにんしんしたかったんよ>

 どうしてこんな願いを抱くようになったのか。うーちゃんは「かか弁」まじりの言葉で、終始、正確に自分の感情や感覚を表現してみせる。それらの言葉がつらなった文章は、まるで瘡蓋を剥ぎながら綴られたような血肉感に満ち、母娘の愛憎劇を超えて読者に迫ってくる。再読した私が夢中になったのは、この語りに魅了されたからだった。

 なお、宇佐見りんはまだ21歳である。

週刊朝日  2020年12月4日号