写真/沼田学(『築地魚河岸ブルース』から)
写真/沼田学(『築地魚河岸ブルース』から)

「勝手に写真を撮っていたので、ご挨拶やお礼、許可取りを兼ねて写真を持っていくことにしたんです。親しくなって彼らのポートレートも撮影したいという気持ちもありましたし。でも、単純にかっこいい写真が撮れたので、本人にも見てもらいたいという気持ちのほうが強かったかも」

 場内の見取り図を頼りに店を訪れ、被写体本人に写真を渡すと、大半の人は喜んでくれた。

「移転問題でピリピリしていた時期だったのですごく怒られたこともありましたが、こわもての人が意外とやさしかったり、お礼に魚をくれたりして、どんどん顔見知りが増えていきました」

 なかには沼田さんが撮影した写真を気に入り、ターレーに飾ってくれた人もいた。

「その人が、ターレー乗りの仲間に写真のことを聞かれると、『あそこを通ると撮ってもらえるよ』と言ってくれたので、いい宣伝になりました」

 2017年1月には写真展を開催し、被写体となった人たちが築地から大勢見に来てくれたという。秋には写真集の販売も決まった。その後、築地での写真展開催と大判写真集の制作を目指して、クラウドファンディングで賛同者も募り、大きな支援を得た。

 これまでにもさまざまな人物写真を撮り続け、今回も築地で働く男たちの「顔」に魅力を感じた沼田さんは、人の何に引かれているのだろうか。

「人のことってわからないし、自分と違うから面白いんじゃないですか? 遠くの見知らぬ風景よりも、隣に住んでいる人がどんな人で、どんな暮らしをしているかのほうが気になりますし、自分と全く違うものを発見するのが好きなんでしょうね」

 今回の撮影を通して、多くの市場関係者と親しくなったという沼田さん。その後、撮影を頼まれたり、飲みに行ったりもして、一見怖そうなおじさんたちの素顔も垣間見た。

「交流のエピソードは限りなくありますが、それは写真とは関係ない話。背景や本人の人となりといった余計な情報は極力排除し、顔や外見から浮き立つ何かを感じてもらえたらと思っています」

 今回、顔写真と個人情報をテーマに取材を進めてきた。顔写真は個人を識別するための“情報”であり、その取り扱いに細心の注意が必要なのは事実だ。しかし、それは単なる“情報”ではなく、生身の人間でもある。

 顔には人の生き様や時の流れが刻まれ、本人と言葉をかわさなくとも、雄弁に語りかけてくるものがある。それだけに、個人情報や肖像権などへの過度の配慮により、写真という形で記録を残す機会が減り、やがては記憶から薄れていくことへの危うさを感じた。

「たぶんこれ、30年後に見ても面白い写真だと思うんです。こういう人の顔って、今でなければ撮れないし、これからも撮り続けて残していきたいんです」

沼田学(ぬまた・まなぶ)1972年、北海道生まれ。雑誌、書籍、WEBなどで活躍中。本誌では2014年11月号グラビアで白目の人物写真シリーズ「界面をなぞる」を掲載。近著に写真集『築地魚河岸ブルース(』2000円+税、東京キララ社)
沼田学(ぬまた・まなぶ)1972年、北海道生まれ。雑誌、書籍、WEBなどで活躍中。本誌では2014年11月号グラビアで白目の人物写真シリーズ「界面をなぞる」を掲載。近著に写真集『築地魚河岸ブルース(』2000円+税、東京キララ社)

(文/吉川明子)

アサヒカメラ特別編集『写真好きのための法律&マナー』から抜粋