尾上菊之助さん (c)山口真由子
尾上菊之助さん (c)山口真由子

 尾上菊之助さんが企画した『新作歌舞伎ファイナルファンタジーX』(以下、『FFX』)が好評だ(4月12日まで上演中)。日本のRPGを代表する名作だが、劇場に足を運んだ原作ゲームの熱心なファンも、キャラクターの再現度の高さ、世界観の表現に賛辞を惜しまない。その背景には、菊之助さん自身が小学生時代からの大の「FF」シリーズファンで、原作へのリスペクトがあるようだ。どのようにゲームをプレーしてきたのか、「FF」シリーズへの思いや、舞台ができあがるまでについて、菊之助さんに話を聞いた。

【写真】美しすぎる「ユウナ」(中村米吉)ほか『FFX』舞台写真<全4枚>

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■コロナ禍、『FFX』が勇気をくれた

尾上菊之助(以下、菊之助) 2020年、コロナ禍であらゆるエンターテインメントが止まってしまい、私自身も不安を抱えながらステイホーム期間に入りました。そんななかでふと手にしたのが、かつてプレーした『FFX』だったんです。久しぶりにこの作品に触れてみて、ストーリーの中に描かれているメッセージ性に心を打たれました。強大な脅威に立ち向かう心と、前向きな姿勢――そして死者の魂を鎮めて異界送りをしていく、平和への祈り。『FFX』に込められたメッセージを、コロナ、そして世界では戦争が起こっている、今という時代にこそ、多くの人に伝えたいという一心で、ゼロから企画を始めました。

――劇場にはゲームのファンだから来たという観客も多いようですが、菊之助さん自身もRPGがお好きだったとか。「FF」シリーズとの出会いはどのようなものだったのでしょう。

菊之助 「FF」の第1作もファミリーコンピュータでクリアしましたが、ハマったのは『FFIII』です。中学生でしたが、『FFIII』のジョブチェンジシステムで、キャラクターをいろいろな職業に就かせて、スキルをあげながらレベルアップさせ、育てあげていくところが面白かったですね。中世が舞台で、仲間のために自分を犠牲にするといったストーリーもとても好きでした。

 他にもRPGはいろいろやっていたんですが、一番ぐっときたのが「FF」シリーズだったんです。

新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会
新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会

――今回、新作歌舞伎という形で実際に舞台化してみた気持ちはいかがですか。また、お好きな場面はどこでしょう。

菊之助 『FFX』は親子の話でもあり、また愛する人のため、仲間とともに強大な敵に立ち向かっていく物語でもあります。私は当初プレーをしたときは主人公・ティーダの気持ちに感情移入していたのですが、今は「ブラスカ(中村錦之助)・ジェクト(坂東彌十郎)・アーロン(中村獅童)」という父親世代の3人の場面に惹かれますね。

 ジェクトは子どもへの愛情表現がわからない不器用な父親ですし、3人の人間らしい面が描かれています。望んでいた結末とは違っても、彼らは力を合わせてシンを倒して、10年間のナギ節を世界にもたらした。未来を託そうと、子どもたちに期待をする大人たちの姿が、今の私はとても好きなんですよ。

――RPGの世界が歌舞伎にしっくりくることに驚きました。歌舞伎の演出について、冒頭で23代目オオアカ屋から説明があるので、初めてというお客様も楽しめたと思います。

菊之助 根底には『FFX』という素晴らしい原作へのリスペクトがあるので、あとは歌舞伎の手法を物語の中でどう最大限に活かすかが問題でした。

 とはいえ歌舞伎を観たことがないお客様に、歌舞伎ならではの演出がどう受けとられるのか、初日が開くまでは正直、怖かったんですよ。キャラクターが登場したときに「名乗り」をするとか、途中で舞踊が入る場面設定は大丈夫なのか、とか。後編には義太夫も入るんですが、浄瑠璃のノリにあわせて動くところがどう受け取られるか、など不安もありました。「FF」を愛し、リスペクトしている気持ちと歌舞伎の持つ力を信じていることについては、誰にも負けないと思ってはいたんですが、それでもドキドキしていました(笑)。実際には演出として楽しんでいただけている声を聞くことができて、安心しています。

――日本が世界に誇るRPGと伝統芸能である歌舞伎のコラボレーションは、大きな可能性を開いていきそうです。

新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会
新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会

菊之助 『FFX』には戦争や虐げられてきた人たちの問題など、普遍的で考えさせられるテーマが描かれています。原作のシナリオを担当した野島一成先生は、現代的な問題に触れながら、押しつけがましくなく、「世界がこうであったらいいな」と感じる美しい言葉を、素晴らしい台詞として書いていらっしゃる。だからこそ私自身も、2回目にプレーしたときには、ゲームとして楽しむだけではなく、『FFX』の深い世界観を味わったんだと思います。

 こうやってお話ししていると、『FFX』には古典歌舞伎と共通する普遍性、台詞、役者が生きるような見せ場がたくさんあるので、そういう意味で歌舞伎との親和性がとても高いんですね。だから『FFX』の世界に魅力を感じて、歌舞伎にしたいと思ったんだな、と、あらためて感じています。

――悪役であるシーモアが魅力的に描かれていますね。

菊之助 「悪」にならざるをえなかった存在が、私は好きなのかもしれません。本作ではシーモア(尾上松也)がなぜ悪になってしまったのか、その悲しみを知りたいし魅力として伝えたい。歌舞伎では「因縁」といった考えも出てきますが、現代の私たちが「今どう生きるか」は、未来の子どもたちや地球全体に影響を与えるだろう——といったことまで、考えたいと思うんですよ。

■ゲームの世界に入っているような舞台

――「IHIステージアラウンド東京」は通常の劇場よりも舞台が横に広いこともあって、ゲームの世界に入り込んでいるような臨場感がありました。

菊之助 「FF」シリーズ35周年を記念して、なかでも人気の高い『FFX』を歌舞伎にできたのは喜びでしかありません。つきなみな言い方ですが、小学生で「FF」をプレーしていたゲーム少年の自分に、「おまえ、大人になったらスクウェア・エニックスと仕事するんだよ」と言ってやりたいですね。ビックリするだろうなあ(笑)。

 舞台化に際して、スクウェア・エニックスさんが全面的に協力してくださったんですよ。ゲームのキャラクターデザインの野村哲也さんは衣裳やキャラクタービジュアルの監修をしてくださいました。

新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会
新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会

――劇場には、ふだんの歌舞伎公演では見かけない、新しい層の観客がたくさん来ていますね。

菊之助 毎日、オオアカ屋の中村萬太郎さんがお客様にアンケートをとっているんですが、日が経つにつれ、ゲームファンのお客さんが増えてきました。なかにはお客様の8割くらいがゲームファンで歌舞伎は初めてという日もありました。ゲームファンの方々が歌舞伎の世界に飛び込んできてくださるのは、私たち役者にも励みになっています。海外のお客様もだんだん増えてきているんですよ。

――今回、初めて歌舞伎を観た人で「古典歌舞伎を観てみたい」という声もSNSでたくさん見かけます。菊之助さんはどんな演目がお薦めでしょうか。

菊之助 『FFX歌舞伎』に出演した役者たちが出ている演目を観ていただくのが一番かもしれません。とても可愛いユウナ(中村米吉)を古典歌舞伎で観てみるとか、俳優をきっかけにすると入りやすいと思います。

 歌舞伎の魅力は多面的なんですよね。今回もストーリー、音楽、衣装など、それぞれについて良かったと言っていただきますし。古典演目には『FFX』に通じる世界観や美意識、洗練された文化の要素がそろっています。今回の舞台をきっかけに、歌舞伎の劇場にも遊びに来ていただければと思います。

新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会
新作歌舞伎ファイナルファンタジーXの舞台写真 撮影:引地信彦 (c)SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』製作委員会

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『FFX歌舞伎』が上演中の「IHIステージアラウンド東京」はラストシーズンと発表されている。この劇場でこの『FFX歌舞伎』を見られることは今回限り。ゲームの世界を体感するにふさわしい劇場での上演をぜひ体験したい。

(構成/矢内裕子)