人は意外と自分自身のことをわかっていないものです。「探究型学習」の第一人者である矢萩邦彦さんは、著書『自分で考える力を鍛える 正解のない教室』(朝日新聞出版)の中で自分自身を知る方法を紹介しています。それはどういったものでしょうか。

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 自分はどんな人間なのか?それは自分自身にしかわかりません。かつて、ギリシャのアポロン神殿の入り口には「汝自身を知れ」という言葉が刻まれていたといいます。いったいどういう意味だと思いますか?

 古代ギリシャの哲学者たちは人間の精神や性質を完全に理解することはできないと考えていました。だとすると、自分自身のことも完全に理解することはできないことになります。そこには、神の前で謙虚になれというメッセージや、不可能と分かっていても立ち向かう態度の重要さなど、さまざまな解釈が考えられます。

 自分が何者なのかを考える一つの指針に「真善美」があります。
<真>は、自分は何を信じるのか、
<善>は、何がよいことだと思うのか、
<美>は、何を美しいと感じるのか、
 ということです。あなたの「真善美」は何でしょうか? それぞれ三つずつ挙げてみてください。

 授業でこの「真善美」を扱った際によく挙がる回答を紹介しましょう。

<真>は家族や友人、自分、神、お金、好きなアーティスト、知識や技術なんて答えもあります。あたりまえのことですが、十人十色、みんな違いますから教科書に「真とはこういうものです」というふうに書けるものではありません。

<美>は形あるものと形のないものに答えが分かれます。形あるものではさらに自然か人工か、形のないものでは心や記憶などの精神的なものと、視点や関係などの方法的なものに分かれます。

 三つのなかで特に悩む人が多いのが<善>です。学校で習う「道徳」とは違うのですが、そういう意見が多くなりがちです。道徳は何がよいことで何が悪いことかを社会の価値観で決めていますが、ぼくたちは必ずしもみんなと同じ感覚・意見ではないはずです。

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