悠さんが連絡したのは、福岡市の一般社団法人「八おき塾」。説明会に行き、入塾するかどうか迷っていたところ、代表の人から電話があった。

「またおいでよ」

 悠さんは、あとでこう振り返る。

「あの電話がなかったら、行っていなかったかもしれません」

 八おき塾の代表、鳥巣正治さんは言う。「『八おき塾』という名前には、『何回転んでも、また起き上がって前に進んでいこう』という意味が込められています」

 八おき塾の毎週1回の若者との面談では、「プラス3、マイナス1」というルールがある。必ず3つ、「いいこと」を話し、最後に1つ、「できなかったことや課題」を話すというものだ。

「できないことばかり考えたり、反省し過ぎると、やる気が出ない。プラス3マイナス1なら、2つのプラスが残る」(鳥巣さん)

■「友達はいなくてもいい」

 八おき塾での就労訓練を経て、悠さんは就職活動を再開した。10回目の面接で、ようやく今のバイト先に雇ってもらえることになった。

 最初のころは、レジ打ちで食品をかごに移すときの入れ方がわからず、焦ってしまっていた。牛乳は、立てて入れるのか横にするのか……? 

いまだに苦手なのは、人に頼みごとをすることだ。たとえばレジに並ぶ客の行列が長くなると、呼び出し機を使ってほかのスタッフに「応援要請」をしなくてはいけない。

「さっき呼んだばかりなのにまた呼ぶの?と思われそうで……。ほかの人にも、品出しとかやることがたくさんあるのに。お客さんにも、スタッフにも迷惑をかけないようにするのが難しいです」

 それでも、できるようになったこと、やりがいを感じられるようになったことも少しはある。

 あるとき、50代くらいの女性のお客さんから、声をかけられた。

「もう、お仕事は慣れましたか?」

「3か月以上たちますが、全然だめです」と答えると、「いつも見てますけど、お仕事がていねいで、頑張っていますね」と言われた。

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不思議と悲壮感はなかった