武田:こうやって文章を書く行為なんてのは、テレビに比べれば隅っこでの細かな活動になりますが、テレビについて「ここまで単純化していいのかな」と、草の根的に言うしかない、とは思ってますね。

上出:はがゆいですよね。つまんないんですよ、作ってても。テレビ東京には、市井の人々を取材してVTRを作る番組が多いんですけど、想定外のできごとへ飛んでいくからおもしろいはずなのに、編集の段階でわかりやすい物語に加工されてしまうことがあります。多くの視聴者は「待ってました」と喜んでくれるかもしれないけど、それで「よかったね」で終わらせてしまっては、作り手としても刺激がないし、成長がない。

武田:「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は、テロップをシンプルにしたり、ボイスオーバー(外国語に日本語の音声をかぶせること)をしていなかったり、とにかく、なにかと抑制している感じがします。

上出:情報量としては、一般的なテレビ番組の倍ぐらい詰まっているんですよ。というのは、普通テレビ番組を作るとき、ドキュメントの中でも何か現象が起こったら、同じものを三脚を立ててきれいに撮り直して、ナレーションをつけて説明してから、次の場面に進むんです。それぐらい丁寧なんですけど、ぼくのはそれを全部なくしているんです。だから、情報が多い分わかりづらいというか、丁寧ではないですね。

武田:「ハイパー」の初回で、リベリアに行かれていますよね。そこで上出さんはある娼婦に出会い、彼女が客を探すのについていく。彼女が対価として一人の男性から得た金額が200円。その後、立ち寄った食堂で食べたスープとライスのセットが150円。それを見て多くの人は「200円、安いな。150円、高いな」と思うはず。でも、上出さんはそこに意味づけをしません。値段をことさら強調して、「この悲惨な現実……」などナレーションをつけることもできるけど、それをしたくないわけですね。

上出:そうなんです。ぼくはやっぱり、悲惨だって思っていないんですよ。その値段のバランスはすさまじいなと思うんですけど、悲惨かどうかはぼくが判断できることじゃない。彼女は働いてお金を稼ぎ、彼女の稼ぎからしたらバカ高いであろう食事をうまそうに食ってしあわせだって言っているんで、そこに「非常に不幸な状況です」というナレーションをあてるのは不誠実だし、あの番組では、それだけはしたくないんです。

<咀嚼するうちから、ラフテーの顔に至福の表情が浮かんだ。僕はこの表情を見たかったのだ、と思った。こんな表情をたくさん撮りたくて、わざわざこんな遠くまでやって来たのだ。>(『ハイパーハードボイルドグルメリポート』より)

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「わからないまま、差し出される」感じが貴重