Mさんは初めのうち、「栄養が足りているかな」と心配だったが、そのうちに「生きていてくれればいい」と思うようになった。音がすると「ああ、今日もちゃんと生きている」と思ってホッとする。とはいえ、夜は眠れないし、息子のことばかり考えて落ち込んでしまう日々。

「母としての自分を責めて、死のうかと思ったこともありますよ。正直、『いっそ死んでくれたら』と思ったことも」(Mさん)

 40歳から64歳までの「大人の引きこもり」は、国内に61万3千人いると推定されている(2019年3月、内閣府発表)。39歳以下の引きこもりも合わせると、全国で115万人の引きこもりがいることになる。引きこもりが長期化し、80代の親が50代の子を養う「8050問題」も深刻化している。

 2019年6月、東京都練馬区で起きた、元農林水産事務次官が44歳(当時)の引きこもりの息子を刺殺するという事件は、ショッキングなものだった。

 あるサポート団体の代表者によると、引きこもりに悩む多くの親たちが「私も同じことしようと思ってた」と言っていたという。それくらい、皆追い込まれている。夜中に「今から子どもを殺して私も死にます」という電話が入ることもあるそうだ。

「多くの親が、『子どもの引きこもりは自分のせい』と思っているから、『子どもが何か事件を起こす前に、私が手を打たないと』と思うのです」(サポート団体代表Hさん)

 最近では、新型コロナウイルスの影響により家にいる時間が多くなったことで、「以前から問題は認識していたが、いよいよ向き合わざるを得なくなった」という家族から、相談窓口への問い合わせが急増しているという話も聞く。

■    母親たちを苦しめるもの

 ひきこもりの当事者が中年ということは、その親はすでに「高齢者」か、その域にさしかかっている年齢だ。年齢的に心身の不調に悩まされる時期だ。

 取材した母親たちの中には、精神的に追い詰められ、うつ状態で苦しんだという人も多かった。パニック障害を患い、閉所恐怖症になったり、車が全部自分に向かってくるように感じられて道を歩けなくなったりという人もいた。睡眠障害で薬が手放せなかった、という人も多かった。前述のMさんも、息子が引きこもっている間に自身ががんを患い、治療を続けながら心療内科にも通っていたという。

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夫も味方になってくれなかった