「政治」と「検察」の力関係はいかに変化したのか…背景に護送船団崩壊と検察不祥事 (3/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「政治」と「検察」の力関係はいかに変化したのか…背景に護送船団崩壊と検察不祥事

伊藤栄樹氏(1985年、東京高検検事長時代)(c)朝日新聞社

伊藤栄樹氏(1985年、東京高検検事長時代)(c)朝日新聞社

 しかし、伊藤氏の死(1988年)からまもなくバブルが崩壊。官僚の中の官僚といわれた大蔵省は金融機関の不良債権処理をめぐる失政で国民の信頼を失い、1998年、世論に背中を押された検察は金融機関からの接待汚職で大蔵官僚を摘発。護送船団体制にとどめを刺した。

 大蔵省の失墜で、官僚システムは力を失った。その官僚システムの一部である検察も無事ではすまなかった。2002年、情報提供者への謝礼に当てる検察の調査活動費を検察幹部らが流用していた疑惑を告発しようとした大阪高検公安部長を微罪で逮捕。臭いものにふたをするため検察権を使ったのではないかと国民の不信を買った。

 そして、2010年、村木厚子厚労省局長(その後、事務次官)の冤罪事件の捜査をめぐり、大阪地検特捜部の主任検事が調書と齟齬をきたす押収証拠の改ざんに手を染めていたことが発覚。特捜部長ら3人が逮捕された。検察は、世論の批判を受けて消沈。国民が期待する政治腐敗の摘発から遠ざかり、国民の信頼を完全に失った。

 その後、法務・検察は、信頼回復のため、抜本的な組織改革と捜査モデルの転換に着手するが、政治の協力なしでは法案ひとつ通せなかった。そして、「政治主導」を強調し、各省庁幹部に対する人事グリップを強めた安倍政権のもとで2016年秋の事務次官人事を迎えた。官邸の強硬な申し出を受けたとき、法務・検察幹部は支えとなるべき国民の信頼を、実感できなかったのではないか。

■伊藤氏の三つの信条

 伊藤氏は1985年12月19日の検事総長就任会見で「悪いやつを眠らせない」「被害者とともに泣く」「うそをつかない」の三つの信条を強調した。「悪いやつ」はその後、「巨悪」と言い直され、マスコミは長く、特捜検察を語るとき「巨悪と戦う」などと形容してきた。

「巨悪」は、主として特捜部が立ち向かう腐敗政治家のことを指す。伊藤氏が検事総長に就任して半年後の1986年5月、東京地検特捜部は、構造不況の撚糸(ねんし)業界から、過剰設備の共同廃棄事業をめぐる国会質問に絡んで200万円を受け取ったとして民社党の横手文雄衆院議員を受託収賄罪で、質問の仲介などで500万円を受け取ったとして自民党の稲村佐近四郎さこんしろう)衆院議員を収賄罪でそれぞれ起訴。


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