メジャーリーガーになった川崎や楽天移籍後に首位打者を獲得した鉄平、“鷹の核弾頭”柴原ら、プロでも実績を残した者が多い。彼らに共通しているのは、かつて「○○のイチロー」と呼ばれた事実が見事にリセットされているという点だ。

 プロ4年目のダイエー時代に盗塁王を獲得した川崎は、当時「高校時代は“薩摩のイチロー”と呼ばれたそうですが」と質問されると、「呼ばれていません」とキッパリ否定し、番記者の間ではNGワードになっていたという。川崎はイチロー本人から「イチローマニア」と評されるほど尊敬の念を抱いているが、亜流認定のような呼称は、イチローに対しても失礼と考えたのかもしれない。結果的にプロで一流になることで、過去のレッテルを封印した。

 また、元巨人の橋本、現オリックスの駿太は、レギュラーとして活躍したシーズンもあるのに、今ひとつ印象が薄いのは、“世界のイチロー”の名を冠せられたことで、割りを食った感もある。

 一方、「○○のダル」は、東北高時代にダルビッシュ有の控え投手だった真壁賢守が、メガネをかけていたことにちなんで“メガネッシュ”と呼ばれたのが走りである。

 その後、日本ハム入りしたダルビッシュが1年目から活躍すると、全国の高校球児から「○○のダル」が続々と登場。190センチ前後の長身本格派右腕や外国人の父親を持つ投手は、一様にそう呼ばれた。

 彼らは大別して、3つのグループに分けられる。

 まず、プロ入りできなかった者も含めて、「○○のダル」のイメージのまま終わってしまった投手。“岡山のダル”ダース・ローマシュ匡(関西-日本ハム)、“下町のダル”吉本祥二(足立学園-ソフトバンク)、らが該当する。 “離島のダル”藤谷洸介(周防大島-パナソニック-阪神)は18年シーズン途中から野手に転向。“埼玉のダル”中村勝(春日部共栄-日本ハム)も14年に8勝を挙げたが、その後は活躍できないまま引退した。

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大谷も藤浪もかつては「○○のダル」