想像してみましょう。もしあなたが、Aさんに横取りされたと思ったならば、Aさんを“悪い人”とみなし、当然ながら「なんで世の中にそんな人がいるのか、早くいなくなって欲しい」と怒りますよね。次に、AさんがBさんに横取りされたと想像してください。「いい気味だ」と思うのではないでしょうか。Bさんがよく知っている人であれば、あなたはBさんのことを“善い人”とさえ思うかもしれません。

 つまり、Aんから見たBさんは“悪い人”であり、別の人から見たBさんは“善い人”なのです。あなたが悪いと思うことを、別の人は悪いとは思わずにおこなっている事態がよくあるのです。

 たとえば、伝説の盗賊で「義賊」ともされた石川五右衛門は、お金持ちから金品を盗み貧しい人々に分け与えていましたが、捕えられて釜茹での刑に処せられたそうです。義賊のように、仲間うちでは“善いこと”が、その集団の外では“悪いこと”に当たる場合も少なくないのです。

 一般に人間は仲間意識が強いので、よく知っている仲間を味方と見なし、見知らぬ人を敵と見なす傾向があります。そのため、味方がひどい目に遭うと、ひどい目に遭わせた見知らぬ人は“悪い人”なのですが、敵がひどい目に遭うと、ひどい目に合わせた仲間は“善い人”になりがちです。仲間びいきで、悪いことも善いことになるのです。国と国との争いは、こういった「善いと悪いとのすれ違い」が大半を占めます。

 実はこの仲間びいきは、生まれながらの感覚に起因しています。エール大学のカレン・ウィン教授がおこなった幼児を対象にした実験によると、幼児は自分とお菓子の好みが同じ人を好み、その人を邪魔する人を嫌います。そのうえ、自分とお菓子の好みが異なる人を嫌い、その人を邪魔する人を好むのです。お菓子の好みというとても単純な違いが、幼児では人を敵か味方に分類するきっかけになるようです。

「罪を憎んで人を憎まず」と言いますが、たったひとつの基準をもって、誰かを“悪者”と決めつけないほうがいいと私は思っています。

【今回の結論】“悪いこと”の背景には複雑な事情がある場合も多い。じっくり考えてみよう。そのとき、私たちに生まれながらに備わっている「仲間びいきの感覚」に気をつけよう

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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