海外にいる持ち主に遺失物を送る際は、相手の最寄りの空港まで空輸し、そこから着払いで郵送するのが通常だ。しかしANAには上海からシンガポールへの直通便がない。今回のケースでは、羽田空港か成田空港に一度カードを戻し、そこからシンガポールに空輸する必要があった。

 職員は外国語を駆使して、海外の空港や税関とそれらの調整も担っている。英語びっしりの画面は、その複雑なやりとりを表していた。

 その後案内されたのは、空港や機内で回収された遺失物の保管倉庫だ。ここには持ち主不明の“忘れ物”が保管されている。部屋に入ると回収日ごとに仕分けされた大袋がズラリと並んでいる。その中身を見て驚いた。機内で首に巻いて使う「ネックピロー」が異常に多いのだ。

「ネックピローだけで、1便で2,3個見つかることもあります。使い捨て感覚で利用されている方が多いのかもしれません。その他には本・水筒・傘・帽子が多く、これら5品目は成田国際空港警察署との取り決めで、持ち主が見つからないまま2週間が経過したら廃棄します。それ以外のもので時間が経過したものは、警察が保管することになっています」(関係者)

 職員らによると、回収される忘れ物は1日に30個前後。記者が開けた袋からは9個のネックピローが出てきたから、3分の1ほどがネックピローということになる。財布など換金性の高いものは鍵付きの引き出しに保管され、持ち主を特定できる身分証明書やパスポートはすぐに相手に連絡する。

「VIPやファーストクラスだと、それぞれの席が離れているので、落ちていた場所から持ち主をすぐに特定できます。ただそれ以外の落し物のほとんどが、持ち主が見つからないまま警察に引き渡されるか、廃棄されているのです」(同担当者)

 時刻は午後3時に。一日の中で、空港に到着する便が最も多い時間帯だ。同時に、窓口には次から次へと、トラブルを抱えた客たちも訪れる。

 日本人の30代男性は「Gucciの腕時計を失くした」と職員に訴えた。問い合わせを受けた職員がトランシーバーを取り出す。男性が乗っていた機内の職員に連絡を取るためだ。すると、10分ほどで時計が窓口に届いた。手渡された男性は職員にお礼を言うと、ほっとした様子でその場を後にした。

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