当然、はじめは陥し穴として受け入れない研究者もいた。墓や、ドングリなどの食料をたくわえる貯蔵穴の可能性もあるからだ。だが、神奈川県や鹿児島県の遺跡(大津保畑[おおつぼばた]遺跡) をはじめ、本州から九州にかけての太平洋沿岸でその後も発見が相次いだおかげで、こうした土坑が設けられる場所の傾向がわかってきた。貯蔵穴ならば石器づくりや焚火跡など生活場所に近いところにつくるだろう。しかし、これらの土坑は丘陵や谷をまたぐように列状に掘られていた墓や貯蔵穴ならばそのような場所にあるのは不自然だ。穴の内部に何らかのものを収めたような痕跡もなく、時間をかけて自然に埋まっていることも、陥し穴説を支持していた。こうしたことから、これら土坑群は陥し穴とみなすのが大方の研究者の考えとなっている。

■我々の祖先たちの戦略的時間管理術とは

 この陥し穴を使った猟こそ、現代人の時間管理を象徴する狩猟なのだ(想定復元模型が国立科学博物館で展示されているのでぜひ見てほしい)。なぜなら、陥し穴という「罠」の特性は、いったん構築すれば人手をかけずに獲物を得られる点にあるからだ。獲物を傷つけるタイプの罠では、血の匂いに誘われてくる他の肉食動物に奪われないよう頻繁に罠を見まわらないといけない。しかし、陥し穴猟はかかった動物の命をすぐには奪わないため、数日単位で見まわればよい。ということは、その他の時間は十分に他の活動に費やせるわけで、時間の有効利用にきわめて優れた狩猟法なのだ。

 このような狩猟法が3万年以上も前から行われていたことは驚きである。しかし、よく考えれば彼らは私たちと全く同じホモ・サピエンスだ。大昔のことだから知能や能力が劣っているはずだとみなす時代遅れの進歩史観など、さっさと捨て去らねばならない。(文/文化庁文化財調査官・森先一貴)